四ツ葉のヒロイン候補達は幸福を届けてくれない

コタツ

1話次女は負けず嫌いの不器用で

『玉ねぎと人参は忘れんなよ。 それから安い肉があったら買ってくれてもいい、それじゃあ……』

 ケータイ電話の画面を見ると通話終了の文字。 また勝手に切りやがったなあいつ。

「ゆー君?」
「ゆゆゆ君ー!」
「ゆっ君〜」

「うるせー! 今、電話中なんだよ!」

 部屋の中にある大机に腰掛けていたのは俺の名前を面白がって呼ぶ相手。
 そんな彼女は俺が反応すると頬杖をつきながらニッコリと笑った。

「おぉーようやくこっち見たぁ。 お姉さん構って欲しいな?」

 漫画やアニメでいうデレるヒロインというものが存在するのなら、きっとこの相手に使うのだろうが、現実だと少しあざとい。
 眠たそうなうっとりとした目に、だらしない服装からは肩が見えて少しばかり色気がある。
 サラリと伸び透き通ったハーフアップの髪。
 この家の長女、四葉春香《よつばはるか》はとにかく便りのない存在だった。

 *

 ……普段家に居るときは部屋に篭りぱなしの姉だが、暇になればちょくちょく下にやってきて俺にちょっかいをだす。
 元々身体が弱く病気になりがちで今も絶賛風邪をひいているらしく、目が虚なのはそのせいか。

「あのな、風邪引いてるんだったら部屋で寝ろ。 お粥作って持って行ってやるから」

 俺はコップ一杯に水を入れ、薬と一緒に春香の前に置く。

「ゆー君、冷えピタ欲しいなぁ? 少し熱あるかも……」

「また昨日遅くまでゲームしてたのか!? 身体休めろよ!」

 先月発売されたドラゴンハンターの新作『ドラゴンハンター・ワールド』を俺と春香は買い、姉は大学生ということもあってか数日間寝ずにやり込んだらしい。 風邪の原因はそれだ。 俺だってまだ三分の一もクリアしていないのに……。

「ひ、ひどい! うちからゲームとったら何が残るの!?  うッつべたッ!!!」

「確かに個性のカケラもねーからな。 ゲームを除けば! ほら、部屋で寝ろ」

 後ろから無造作に冷えピタを貼り、春香の前に座る。
 ズレた冷えピタを剥がしながら本人はどこか不満げだ。

「適当だなぁ……病人には優しくしないとダメだよ?」

「なら病人らしくしてくれ……」

「そんなんだから彼女の一人や二人も出来なくてずっと家に篭ってるんだよ。 青春しないとお姉ちゃん心配だ」

 ……泣き真似をする冬華を見ながら俺は不思議なくらい落ち着いていた。 むしろ慣れた。

「出来ないじゃない、作らないんだよ。 てか姉ちゃんもずっと居ないだろ……」

「残念! うちは出来てもすぐ振られちゃうんだよへへ……」

 手でばってんを作る春香に、俺は呆れた表情を向ける。

「見栄を張るな……。 ……目が泳いでるぞ? 嘘つくならポーカフェイスぐらい身につけろ」

 俺が暴くと、春香は目を丸くしつつもクスリと笑って上の空を向く。

「あちゃちゃ…兄妹だからってなんでもお見通しか? 反応楽しみだったのになぁ」

 春香が俺をからかうことは日常茶飯事の出来事で、毎日毎日表情の変化を読み取る内に、彼女が嘘をついているかどうか分かるようになってしまった。
 悔しげな表情を浮かべながら春香は薬を飲むと階段を登る。

「もし、お姉ちゃんがお嫁に行けなかったらその時はゆー君貰ってね?」

 意地悪げな様子で目をそらす俺を見た春香は満足して部屋に帰って行った。

「……絶対やだわ。 兄妹だし」

 からかわれてると分かりつつも春香のあの台詞だけはどうも慣れないし、言い返せない。
 なんで、そこだけ演技が上手に出来るんだろうか……。

 *

 明日の晩御飯のカレーの下処理を済ませ、ご飯を炊き、お粥を作る。
 基本、四葉家の家事全般は俺がしている。 いやむしろせざる終えないといったところか……。
 ……そういえばもうじき帰ってくる頃だな。
 ふとそんな事を考えていると、ドアが開きパンパンのレジ袋を両手に下げた少女が帰ってきた。
 少女はレジ袋を机に置くと、そのまま放置で台所に入ってくる。

「無言で来るなよ……せめーし」

 清潔感のあるポニテールから見える白いうなじに目のやり場を困らせられつつ、俺は彼女……四葉夏希《よつばなつき》の買ってきたレジ袋を確認する。
 頼んでおいた玉ねぎに人参それから……大量の肉!!!

「おい、なんだこの大量のお肉……」

「安かったから」

「…………は?」

「悠河《ゆうが》が安いお肉あったら買ってきてって言ったんです。 文句を言われる筋合いはありません」

 確かに言った覚えがある。 だが買いすぎだろー。
 牛、豚、鳥の三種の部位をそれも丁寧に買ってきてやがる。 この家は大家族か、何日分の肉買ってきやがる。
 どうしよう、今日の晩ご飯焼肉にしようかな……。
 後、分かったかもしれないが、夏希と俺は少し仲がよろしくない。 そりゃ年頃の男女だから仕方ない部分もあるが、瑚子の場合少々俺に敵対視するような目線がある。

「このお粥……春香に作ってるんですか?」

「ん? あー風邪が酷くなったらしいからな。 お粥ぐらいなら食えるだろってことで」

 すると、春陽は何やら棚を漁り、炊飯器からご飯をすくい土鍋に入れ火を掛け始める。

「なら、私も作ります。 今日こそ悠河に一泡吹かせてあげます」

「またか……。 諦めろ、お前の料理の出来は目に見えてるだろ?」

「そんなことありません! 私だって、毎日練習してるんです。 それに……悠河に負けるのは個人的に癪なんです」

 そう、夏希は俺よりも劣っていることが何よりも嫌らしい。 歳も同じで学校も一緒の俺たちだが、基本何でもこなせる俺に比べて彼女は少し不器用な面がある。 昔はさほどお互い気にしたことはなかったが高校に入るやいな瑚子はそれはいつもいつも俺と比べたがるのだ。

「はぁ……その諦めない姿勢は評価してるやるけどさ……」

「ほら! そうやって悠河はいつも私を馬鹿にします。 目にものを見せてやりますよ……私だって毎日の失敗から学んでるんです」

「ならせめて水を沸かせてからご飯を入れてくれ……そこに卵入れても焼き飯だ」

「え?」

 …………。

「お、お粥の作り方……」

 調べちゃったよこの子。
 ケータイを見ながら『へ〜』とか『なるほど〜』とか言ってるが凄く心配だ。
 それからよし! と意気込むと夏希は手順通りに作業を進めていた。 
 関心した様子で俺が近づくと、少し誇らしげな様子で塩を取り出しながら、

「どうですか? 悠河のお粥より私の方が断然美味しそうに見えますよ?」

「お粥に美味いもクソもないだろ? ほら俺のが冷める早く作れ」

「素直じゃないんですね……。 言われなくても後は塩を加えれば完成ですよ。 ひとつまみ…ひとつまみと……」

 そう言いながら夏希は塩を《《一握り》》し鍋の中にぶち込んだ。
 いたたまれない……レシピを見ても失敗する兄妹を俺はどうしてもいたたまれない。
 その行為に俺が目を背け閉じていると、夏希は不審に思ったのか目をパチクリさせる。

「何か不味いことしましたか? 一応レシピ通り作ったんですけど……」

「い、いや別に! ちょっと塩多くねって思っただけだし!?」

「レシピにはひとつまみって書いてあったんでこれぐらいだと思いますけど? それに病気の時は塩分とったほうが早く治ります」

 量の問題なんだよな……。
 いやもう、この際何を言っても投げ返されるだけなので言わないでおこう。

「春香もお腹を空かせてます。 早く持ってってあげましょう」

 俺は作ったお粥の半分を別の容器に移し替え夏希の後ろに行く。
 病人が食える量じゃねぇ。
 塩分大量、お粥って一杯食うのも大変なのに不味いと分かってて食わされるのは地獄だな。
 しかし、ここは春香の舌に任せよう、何かしらの化学反応が起こればそれはそれで万事解決だ。
 そんなしけた顔をしていたのか、夏希は得意げに笑みを浮かべる。

「明日からは私がご飯の担当をしますから、悠河は別の家事をしてくださいね? あ、それより部活動とか入ってみたらどうですか? 家のことばかりで学校のこと疎かになってますもんね? もっと青春とかしてみても良いと思いますよ?」

 なんだろう……説得力を感じない。
 それにどいつもこいつもこの家の住人は俺に青春しろ青春しろと言うが出来たら俺もとっくにしている。
 放っておいたらどんな惨劇になるか知りもしないで……。
 こいつらのことは《《おじさん》》から任されてるんだよ。 

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