俺の店の屋根裏がいろんな異世界ダンジョンの安全地帯らしいから、握り飯を差し入れてる

網野ホウ

男戦士の走り書き:コルトは残留 これがほんとの怪我の功名

「でも……あの歌声のおかげだな。今までで一番怪我の治りが一番早く感じた」
「何か俺らのことを褒められてるみたいで、ちょっと照れ臭いな」

 この五人から見たら、コルトちゃんとは強い縁で結ばれてるんだろう。
 だがコルトちゃんからは、早く切りたい縁なんだろうな。

「けど、救世主がコルトちゃんって聞いて正直びっくりだ」
「何言ってるのさ。俺達自慢のメンバーの一人だぜ?」
「いや、元々はコルトちゃんじゃなく、コウジのことを言うんだがな」
「え?」

 コウジのことには無関心ってことだ。
 まぁそれはいいさ。
 だが、コルトちゃんはコウジが保護してくれてた。
 それは間違いないだろう。

「ってことは……救世主ってあの男のことか?」

 いや、それくらいは分からんか?
 コルトちゃんがこの部屋を作ったわけじゃないってことくらい……。
 まぁ何でこんな部屋ができたかは、俺も分かんないけどさ。

「あの男がコルトを縛り付けてる?」

 おい。

「コルトちゃんを無理やり働かせてるの?! ひどくない?!」

 ちょっと待て。
 鎮めようとしたが間に合わない。
 何人かがコウジに問い詰めに行ったみたいだ。

「救世主が、本来コルトが自分のいるべき世界に還す気がないってのはどうなんだ!」
「そうだ! あんたそれで救世主を名乗ってるってのは、ちょーっと調子に乗り過ぎじゃねぇの?」

「……俺は一度も自分から救世主なんて名乗ったことはないが? って言うか、勝手に誰かがその渾名を押し付けてきただけなんだが? コルトに押し付けることができそうで、ようやくその渾名から解放されると喜んでたところだったんだが……」

 五人はコウジの返事が予想と違ったのか、返す言葉が出てこないようだ。

 ……俺を睨むな。
 悪意はないんだ。
 抑えるのが遅かっただけなんだ。
 けど……すまん。

「そもそも俺は、ここに来た連中に握り飯食わせてここで休ませれば、元気にここから去っていくってんで、最初はペットにエサをやる気分だったんだが、だんだんその数が多くなりすぎてな」

 ペット呼ばわりとはいい意趣返しだな。
 そんなに俺達、可愛いか?
 うれしいな。ありがとよ、コウジ。

「なっ……。こ、コルトっ。つまりお前は端から誰からも……」

 コルトちゃんは冷めた目をして五人を見ている。

「私は自分から進んでここに滞在しているって言ったじゃありませんか。私は私。ここに留まるのもここから去るのも私の意志で自由にさせてもらいます」

 そこでなんでコウジがため息ついてんだ。
 それはともかく。
 俺からも言わずにいられないことがある。

「あー……横から口を挟むようで済まないが……ちょっといいか?」

「あ? 今内輪話でいっぱいいっぱいなんだ。ここの解説してくれて有り難かったが、今はそれどころじゃなくなってな」
「いや、一つ気になったことがあってな。それさえ聞かせてもらえれば俺から特に口出すことはないよ」

 五人は俺の言葉を待っている。
 俺はここでちらっと小耳に挟んだだけだったが、どうしても気になってな。

「話を聞けば、そこにいる人馬族の女の子もそちらのチームに入ってたんだってな。その子の心配を全くしないのはどういうことかと思ってな」

 五人……、いや、コウジとコルトもその子の方に視線を向ける。
 誰もが今まで存在を忘れていたかのように。
 その人馬族の女の子は、心配そうにコルトを見つめている。
 まさしく一途ってやつだな。

「コルトちゃんがメンバーで、その抜けた穴を埋めていた、というのは分かる。けど、彼女のことを全く気にしないってのはどういうことかと思ってな」
「言うこと聞かずに独断専行。先走って生死不明となりゃ、シュースの捜索も俺達の行動の新たに加えなきゃならん。見つけるのならコルトの方が先だろう?」
「独断専行かどうかは事情を知らないから口出しは出来んが、ここで再会できたんだから、何か一言くらいあっても良くないか?」
「リーダーの命令を無視して勝手に動く奴と合流しても、その先また勝手に動かれたら二次、三次被害に遭いかねない」

 そりゃごもっとも。
 だが、見た目経験が浅い冒険者が単独行動をとること自体おかしくないか?

「だって、みなさん、コルトさんの能力ばかりを当てにして、コルトさん自身のこと考えてなかったじゃないですか!」

 あー……そういうことね。

「何を言ってる! 俺達はずっと気がかりだったんだぜ! ようやく聞こえてきたコルトの噂は……」
「コルトさんの噂なら、随分前からあったじゃないですか! コルトという経験の浅い冒険者が一人、行方不明になったって。一人で行方不明になる件は数多くあるけど、その現場は身の丈に合わないほど難易度の高いダンジョンだって!」

 元仲間が一人でそんな所に潜り込むわけはない。
 一緒に入ってはぐれたか、あるいは……。

「噂を繋ぎ合せれば、面識のない私にだってどういうことかくらいは分かります! コルトさんを捜索しようと立ち上がった時は、皆さん目の色変えてたじゃないですか! その力を利用すれば天下を取れるとか何とか!」

 経験の浅い冒険者を言いくるめれば、功績も名誉も思うがまま。
 そんな力を秘めていたコルトちゃんだったわけだ。
 自分の世界に自分の居場所がないかもしれないコルトちゃん。

 そう思っていたが、それよりも事態は深刻のようだ。
 下手な奴と仲間になったら、そいつの欲望に振り回され、周りからは嫉妬の目で見られ、理不尽な理由で処分される未来しか見えてこない。

「あー、そこの嬢ちゃん、抑えて抑えて。フロンティアの皆さん。ここは、コルトちゃんと一緒に帰るのは諦めることをお勧めしますよ」
「あぁ?!」
「俺達の大事な仲間だぞ!」

 うわあ……。
 何という白々しい言葉だよ、おい。

「……今までこんな冒険者の話聞いたことなかったか? とんでもない魔物を倒して、名実ともに指折りの冒険者の仲間入り。けど周りの嫉妬によって策略に陥れられて処刑されてさ。本人は何の落ち度もないのにな。で、彼の手にした栄誉財宝は国の物になりました。策略を立てた者の手に渡るはずだったそれらが……な」
「それとどう関係がある!」
「あんたたちが純粋にコルトちゃんのことを心配して一緒に帰ろうとしても、周りは絶対にそうは思ってくれないってことさ。世の中ままならないことも多いってこと、あんたらも経験したことないか?」

 何人か顔が青ざめている。
 心当たり、あるんだな。

「救世主と呼ばれるようになったコルトちゃんを、そうなる前から仲間にしてた。純粋な新人の頃から捜索してたんならともかく、そんな二つ名をつけられる話が流れ出してから探し始めたんだろう? でなきゃコウジのことを知らないはずはないからな」

 反論しようとする奴がいるが、俺の言うことを否定するだけだろう。話題の要点はそこじゃない。

「コルトちゃんは、多くの人を助けたい、と思っている。ここにいる方がコルトちゃんは自分の望みを達成しやすい。だからコルトちゃんにすればここに残ることを選ぶ方がいい。異界の部屋で握り飯を配ってくれるコウジと共に同じ活動をしているんだから」

 だからこそ、救世主と呼ばれるにふさわしい人物になったんだろう。
 つまり公共的な人材と言える。
 それがトレジャーハンターの一チームのものとなったら、その人材の争奪戦が起きて、血で血を洗う事態に発展しかねない。

「フロンティアのメンバー全員が何らかの権力で潰されるか、コルトちゃん一人だけ、闇から闇へ葬られるか、それとも……」

 ちょっと芝居がかって、一人一人に指をさしてみる。
 効果てきめんだな。
 コルトに言い寄り、コウジに詰め寄った威勢の強さがどこかに行ってしまったっぽい。

「俺らの世界に連れて帰る。確かに大義名分はある。だがコルトちゃんが持つ力はあまりに大きいってことと、同じメンバーのはずの人馬族の娘を一向に気にかけなかったことが気になった」

 言動の良し悪しや正邪は問うつもりはない。
 お互い健康第一、生き残るのが第一の商売だからな。
 だが、あまりにもあざとすぎたよ、あんたらは。

「せいぜい、仕事先でピンチに陥った時に癒してくれる衛生士って感じの付き合いの方がいいと思うんだ。あるいはフロンティアが、どんな力をも跳ね返すほどの力を持つようになるとかな。財力、権力、行動力に攻撃力防御力……今よりけた外れに上回るとかな」

 あんたらは一度、コルトちゃんを守り切ることはできなかった。でなきゃ一人でここにいるはずがないからな。今後同じような難局と鉢合わせした時に、周りの者達は『フロンティアは彼女を守り切ることができるとは思えない』と思うぞ?

 ※※※※※ ※※※※※

 コルトを連れて帰ると、想像を絶するそんな敵を相手にしなければならない毎日が続く。
 未知の巨大な敵と出会わずに済むならそれでいい。
 彼ら五人はすごすごと帰っていった。

 シュースも彼らについて去っていった。
 一応釘は刺しておいた。
 彼女がいなければ、そういう目に遭っていたかもしれない。
 感謝こそすれ恨むなんてとんでもないことだぞ、ってな。

「……俺に押しかけて来た時はどうなることかと思ったぞ?」
「すまんすまん。まさか四方八方に喧嘩を売るとは思わなかったからな」

 苦笑いもできん。申し訳ない。

「でも、これで今後はそんな目的で来ることはないですよね?」

 コルトちゃんも健気だな。
 自分のできる仕事なら、分け隔てなくその力を発揮しようってことか。
 ……ほんとに天使じゃなかろうか?

 周りにいる冒険者達からもねぎらいの言葉を受けた。
 俺にしかできなかったことだからな。
 先にコルトちゃんの意志を確認できたことが幸いだった。

 だが声で俺達を救ってくれる、かぁ……。
 半分口から出まかせってところもあったんだが……。
 コルトちゃん、万が一自分の世界に戻れたとしても、時の権力者から睨まれるのは間違いないよな。
 願わくは、何の憂いなく幸せな人生を歩まん事を、だな……。

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