俺の店の屋根裏がいろんな異世界ダンジョンの安全地帯らしいから、握り飯を差し入れてる

網野ホウ

外れてもらいたい俺の推理

 異世界人同士で面倒事が起きたら、真っ先に逃げるに限る。
 一応トラブル厳禁の注意はしておくがな。

 そのトラブルにも種類はある。
 言い争いだけならまだ見過ごすことはできる。
 原因はなんであれ、厄介なのは暴力沙汰。
 これは俺の手に余る。
 手に余る、なんてもんじゃないがな。

 だが、こんなトラブルは何をどうしていいやら分からん。

 俺にしちゃ、それをトラブルと呼ぶには可愛すぎる。
 いや、微笑ましいと言ってもいいくらいだ。

 だがコルト本人にしちゃ、誰かに泣きつきたくなるトラブルということだろうな。

 俺は今、コルトと俺の昼飯を運ぼうとしてプレハブに入ったところ。
 コルトがいつもの昼の時間に、昼寝の時間ということで歌ったんだろう。
 部屋にいる全員が静かな寝息を立てている。
 そういうことでシュースも眠ってはいるが、それでもコルトの足の甲に手をかけている。
 俺に気付いてこっちを見る目が怖い。
 恨めしそうな顔で見ている。

「ふえぇ」とか言ったからだろ。
 そいつの泣き声よりうっとおしい。

「ほれ。昼飯、持ってきたぞ」
「うぅ……はい……」

 その返事は耳に入ったが待つつもりはなく、俺は足を止めることなくコルトの部屋の扉を開けた。

 ※※※※※ ※※※※※

 こちらから話を聞くつもりは毛頭ない。
 だから昼飯を食いながら、コルトが勝手に話を始めたのだが。

「シュースちゃんから話を聞いたんですけど」

 コルトが誰かをちゃん付で呼ぶのも珍しい気がする。
 もっとも異世界人の名前を知る気もないから、それ自体が珍しいことなんだが。

「……私のいた国でもかなり有名になってるみたいなんです」
「へー」

 俺のことだってあちこちの異世界で有名になってんだから、考えてみりゃそうかもな。

「異界の部屋でおにぎりを配るエルフの女の子がいるって。名前はコルト。ダンジョンに入って、それ以来行方不明。死にそうなときに歌で体を癒してくれる、経験の浅い冒険者……だそうです」

 これらの噂は別個で語られてるんだとか。
 噂話をまとめると、そんな感じらしい。
 俺にとっちゃ今更だな。

「で、あの子……シュースちゃん、私が見た通り、冒険者になって間もなくしてここに来ることになったんだそうです」
「へー」

 お前だって経験浅いのに、よくそんな上から目線で他人を見れるもんだ。
 見ることができるようなった、ってことなのか?
 まぁどうでもいいか。

 いや、ちょっと待て。

 そんな新人冒険者が「コルト様をお守りします」って言ってたよな。
 それは覚えている。
 おかしくないか?

「お会いできてうれしいです」とか
「助けてくれてありがとうございます」とか
 ……あとは、そうだな。
「弟子にしてください」とかか。

 コルトに頼る。縋る。
 普通なら、そんな思いが見えそうな言葉が出てこないか?
 でもあの子が言った言葉は、経験を重ねてきた冒険者なら、自分の胸を叩きながら言いそうな言葉だよな。

 尊い存在に身を捧げる、みたいな。
 まぁ「キュウセイシュ」の肩書を擦り付けることができた、とも言えるが……。

 待て。

 一体何から守ろうとしてるんだ?

 他の異世界人から見たら、別世界の存在として受け取れる。
 だが、自分らの世界から異界に移動した同郷の者が「キュウセイシュ」として活動しているって話を聞いたら……。

 そいつに仕える、という意味で守るとしたら……。
 そんな気を起こせるものか?

 そもそもコルトだって経験の浅い冒険者って話だったはずだ。
 邪心しか持ってない奴がその話を聞いたら……。

 例えば……「あんなポンコツにそんなことできるわきゃねぇだろ」
 とか、「だったらそんなとこでそんなことしてねぇで、国に戻って、そこで活動したらいいじゃねぇか」
 とか、「そんな未熟な冒険者なら、もっと鍛えてやって恩を着せれば、その力は俺達のものだ」
 とか思うだろう。

 それにしてもだ。
 それが事実だとしても、なぜコルトと面識がない者がそうまでしてこいつを守ろうとしたんだ?
「キュウセイシュ」なんて渾名がつく存在だ。
 自分とは住む世界が違う、と普通は思わないか?

 なのに守ろうとする。

 理由は簡単だ。
 その存在が、自分の手に届く距離にいるから。

 面識がないのに、なぜ手が届くと思えたか。
 未熟な冒険者ということで親近感を覚えたか。
 それはない。
 未熟な冒険者だって数多く来た。
 けれども誰一人としてそんなことは言わなかった。
 それどころか、こんなに近づくことができて畏れ多いという思いを持つ者が多かった。

 ということは……何かしらの共通点があったってことだ。
 生まれ故郷は同じじゃないのは覚えてる。
 コルトは自分で言っていた。自給自足の生活をしていたエルフの村の出身だと。

 同じ世界、国から来たが面識はない。
 同じ未熟な冒険者だが、他にも共通点はある。
 畏敬の念はあるけれど、それ以上に、自分ならコルトを助けられる、と……確信? している。

 そうだ。
 まだ共通点があった。
 それは、この部屋に来ることが……。

「……おい。まさか」

 ある結論に達した俺はコルトを見た。
 コルトは悲しそうな顔をしていた。

 当てたくなかった。
 だが、おそらく俺の予想は……多分ビンゴだ。

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