俺の店の屋根裏がいろんな異世界ダンジョンの安全地帯らしいから、握り飯を差し入れてる

網野ホウ

女の子が女の子にしがみついていたが、特に何も感じなかった俺は正常

 日光に当たるだけで気分が晴れる。
 そんなこともある。

 しかしコルトに窓際まで連れてこられたセントール族の女の子は、目が覚めた後も嗚咽している。
 うっとおしいとは思うが、抱えた事情はそれぞれ違う。
 泣いて気分が晴れるなら、そのままほっといていいかもしれん。
 住む世界が違う冒険者達からも慰められてはいるようだが、一向に泣き止む気配はない。

 コルトに宥めさせようとは思わなかった。
 幼稚園のことを思い出したんだ。
 登園初日は、一日中泣いていた記憶がある。
 泣き止んだ記憶はない。
 二日目以降は普通に登園した。

 泣く、嗚咽する。
 これは普通の心の状態じゃない。
 そうすることで気持ちを落ち着かせようとする無意識の行動じゃないか、と思う。
 あの頃の俺は、まぁ子供だったしな。
 けど今泣いている子は違うだろう。
 今でこそこうして周りの者が慰めてくれる。
 だが現場ではどうだったろう。

 一人きりで、しかも生きるか死ぬか分からない状況。
 先が見えない中でようやく助かった安心感というのもあるだろう。

 いつまでも泣き止まないのは、確かにうざったい。
 だが、そのまま泣かしてやってもいい。
 俺の時のように、頭を撫でてくれた担任の先生みたいな存在はそばにいないんだ。

「コウジさん……」

 米袋を運び込んでいる途中でコルトが寄ってきた。
 久々に深刻な顔を見たような気がする。

「何だよ、コルト」
「あのね……。あの子、シュースって名前なんだけど」

 セントールの女の子の名前らしい。
 背丈はコルトを優に上回るが、顔つきを見るとコルトより年下に見える。
 コルトの見た目は十七……十六くらい。
 あの女の子は十四くらいか。

 ……実年齢は間違いなくコルトの方が上だろうけどな。

「んで?」

 運ばなきゃならない米袋はまだある。
 丁度いい小休止だな。
 腰と膝の曲げ伸ばしで軽くストレッチを繰り返しながらコルトの話を聞く。

「あの子、随分落ち込んじゃってるの」
「ふーん。んで?」

 余り特定の誰かに肩入れしてほしくないんだがな。
 いくら周りの理解を得られてるとは言ってもな。
 お前はいいが、かばってもらってる相手が、周りから嫉妬の目を向けられることもあるんだからな?

「パーティの仲間とはぐれちゃって、ダンジョンの中で迷子になって」

 ほうほう。
 ま、その先は大体分かる。
 強い魔物と遭遇して逃げてきたんだろ。
 見るも無残に破損した防具。
 その下に傷跡が見えないのが幸いだな。
 出血もそんなにひどくはなく、骨折なども見られないそうだ。

「他の連中と同じ扱いだよ。出たくなったら止めやしないし、ここにいたいなら別に追い出す真似はしない」

 そう言えば大学時代、本屋で立ち読みしてたら「立ち読みでしたらご遠慮ください」などと店内で呼びかけられていたたまれなくなった思い出が。

 それはどうでもいいが。
 何か昔のことを思い出しがちになるな。
 気のせいか。

「特別扱いすんなよ? 慰めるために部屋に連れ込むとか、昼飯食わせるとかさ」
「それはするつもりはないんですけど……。冒険者としてのキャリアが浅いらしくて」

 そんな話をされても困る。
 俺にとっちゃ、だからどうした、俺にどうしろってレベルの話だ。

「相手がどんなんであろうと、俺は俺の出来ることをするだけだ。コルトと同じ世界から来たんだろ?」
「うん、そうなんですけど……」

 歯切れが悪いな。
 何かあったのか?

「同じ国から来たみたいなんです」

 ……うん、やっぱり話、聞きたくない。あーあーあー、聞きたくなーい。

「俺は知らん。こっちにはこっちの仕事があるしな。一応お前にもバツは続いてるんだからな? それと道具作りも」
「わ、分かってます……」

 俺は米袋を運び込む作業を続行した。
 コルトはまたシュースとやらを慰めに行ったらしいが、何往復かして米袋を運ぶ作業が終わった頃、事態は一変していた。

「ふええぇぇっ。コ、コウジさーーーん!」

 久々に出たよ、ふえぇが。

「コ、コルト様……。コルト様は、私が絶対お守りしますからっ!」

 シュースの下半身は床に寝そべっている。しかし上半身でコルトの下半身にしがみついているように見える。
 両足を抱え込まれているコルトは身動きできない。

 どっかで見たような気がする。
 お姉さまぁとか叫びながらしがみつく年下の女の子のワンシーン。

 それにしても一体何があったのか。

 うん。
 ここは無視するに限る!

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