「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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「貴方の置かれている状況は分かりました。それについて最善の対応は尽くします。しかし、貴方自身のお気持ちはどうなのですか?」だったっけ?一言一句正確に覚えているわけじゃないけど、大体がまあそんな感じだった。
 その時まではさ、病院の看板教授でもある香川教授の経歴に傷がつくくらいなら、オレの身体の一つや二つどうでも良いって思ってたんだ。
 ただ、田中先生に言われたその言葉で、自分の気持ちを考える切っ掛けになったというか、わが身を振り返ってよーく考えたら(別に嫌じゃない。むしろ好きなのかも知れないな)って。
 それまではさ、ほら、オレの小さな城は病院が有ってのモノだろう?入院患者さんの不定愁訴を聞くのが仕事なんだから、その病院の入院患者が激減して経営がヤバいことになったら寄生先を失った寄生虫のようになってしまうだろう。
 だから(病院を守るためにオレなんかで良ければ微力を尽くすし、身体だって張る!)っていう思いでいっぱいいっぱいになってしまっていて、それ以外のことは考えられなかった。
 誰かさんの悪巧みのせいで、な」
 恨みの残るような口調だったが、顔は春爛漫の朝日を浴びたスミレの花以上に綺麗な笑みを浮かべていて思わず見惚れてしまった。
 俺が一途な恋心のせいで二つの意味でハメた恋人だったが、怒ったり怒鳴ったりすることは確かに有るし、気が弱い方でもない。
 しかし、性格はカラッとしているし、恨みを未練がましく持っているようなタイプでもない。
 だから、今の段階では俺に恨みなどないのだろうなとは思う。しかし、田中先生がそんなことを言ってくれたお蔭で俺のことを違った視点で見るようになったとは、全く知らなかった。
 まあ、大学生くらいのカップルと違って毎日有ったことを延々と喋るような習慣もなければ、そんな暇もない。だから田中先生の「非常に冷静かつ的確な」突っ込みが有ったとは知らなかった。
「それで、嫌々抱かれていたのではないと思って下さったのですか?」
 そもそも俺の恋人は自覚の有る性的マイノリティではなかった。ざっと聞く限りでは恋愛に対する執着が薄い上に他にすることとか学ぶべきことが多すぎて、恋愛どころではないと――いや、性的にノーマルな人でもそういう男性はたくさん存在するし、本能的欲求は自分で何とかするというのが「普通」になっているらしい――思い込んでいたようだった。
 その点。

 

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