「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 その由緒ある流れを汲んで、官僚中の官僚たるものはどこに出ても恥ずかしくない格好をしろと入省当時、先輩に言われた。
 だからこそーーそれにそんなにお金に困っているわけでもないしーーアルマーニのスーツという「一分の隙もない」ブランドを選んだわけなのだが。
 確かに、国会議員の先生方の場合は庶民派をアピールしたりとか、票田(地盤とも言う)に織物屋さんが有った場合にはその老舗のお店でネクタイを買ったりして有権者の歓心を買うという戦略に出る人も多いのも事実だった。まあ、国会議員の先生でも選挙に落ちればただの人なのだから、その程度の人心掌握術は「当たり前」だろう。
 しかし、俺のような官僚とか香川教授のようなーー余程のことがない限りーー一生同じ職場で勤務する人種の場合「ポジションに合った」身だしなみをしないといけないと思っている。
 俺が見る限り、香川教授もことさらブランドに拘るのではなくてなんだか「無難だから」という理由でエルメスを着続けている感じだった。まあ、あそこのブランドはーー時々突飛なモノを出すにせよーー定番はごくごく普通といった感じの「程よい」高級感を醸し出している。
 女性用のは割とロゴが入ったりして「いかにも」というモノが多いが。
 それに香川教授の性格だと新しいものに挑戦しよう!という気持ちはほとんどないと個人的には思っている。
 よくタバコの銘柄をころころ変える男性は移り気だとか言われているがーー正確なデータがないので何とも言えないもののーー香川教授の場合はずっと田中先生が好きで、それ以外の男性には目が行っていないという、このある意味特殊な世界の中では稀有な部類に入る人だ。
 そこから類推すると一回「無難」なブランドに定着してしまえば新規開拓とかしなさそうな感触を受ける。
 それに俺が会うたびーーといっても滅多に会わないがーー判で押したようにエルメスばっかりを着ているので俺の仮説が正しいのではないかと思ってしまう。
「冬のボーナス?別に良いんじゃないか?黒いスーツなんて腐るほど持っているんだし、それを着まわしておけば周りにはバレないだろ?
 女性なんかは、流行があるんで『去年のモノは着られないの』とか言っている軽佻浮薄けいちょうふはくなナースとか居るけどさ?
 男性用ってそんなに変わらないだろ?だから一年分くらい飛ばしたところで誰もチェックしないし、それにオレも全然気にしないしさ?」
 そんなモノなのだろうか?

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