「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 俺が外見を見て一目惚れしたこの人は意外にも短気だし、怒る時には徹底的に怒る清清しさも好ましい。まあ、普段は温厚だが、いったんキレると俺ですら宥めることが出来ないほどで、そういう恋人の喜怒哀楽の激しさも好ましい。というのも常に冷静であれと自分に言い聞かせていたこれまでの人生では、俺の恋人のように率直に飾らずに感情が適度に出る人というのは新鮮だった。
 まあ、美樹とかのように感情のままに突っ走る傾向しかない人間は論外だった。
 そして、直情径行タイプが多いとされている外科医の中で、知る限り最も有名かつ優秀な外科医でもある香川教授の感情の平坦さには内心驚いたが。
 それでも田中先生の言葉の端々はしばしから察すると恋人として付き合う前は真っ平らなのではないかと思えるほどだったというから人は見かけに依らないなと思ってしまう。
 スミレの花のような可憐な佇まいが印象的な俺の恋人の方が絶対に大人しいとか温和だと思われるだろう。ちなみに香川教授が怒っている場面を見たこともないし、俺が戯れに誘ってみた時も淡い当惑を見せるだけだった。
 田中先生の前でもきっとあんな感じなのだろうなと思ってしまう。
 そういう感情の平坦さという点では「俺が目指している理想の性格」だとも言える。俺の場合は意識してそう努めていることが香川教授は自然に出来てしまっているところが驚きでもあるし、一種の憧れをも抱いてしまう。
 田中先生だって、もともと乏しい感じの庇護欲を掻き立てられてしまっているのも何となく分かる。
 香川教授があれだけ容姿にも才能にも恵まれていて、しかも世界的な名声とそれに伴う富を持っているのだからプライドは高くなって当然だと思うのに、全くそういう感じがしない。
 手技に関してはプライドを持っているようだったがそ、それ以外は至って無頓着という感じがする。
 だから、田中先生も、そして俺の恋人や俺も違った角度からであったが、何とかして守ろうとしているのだろうなと。
「とにかく、お金の件はこの際仕方がないですね……。仕方がないので夏のボーナスで買おうかと思っていたスーツを冬に回します」
 腐っても官僚だし、その上ウチはーー悪評が高いとはいえーー元々が輝かしい省庁「官僚の総本山」とも呼ばれた内務省だ。ちなみに初代内務大臣はかの大久保利通なので警察庁などとは全く異なる「由緒」だけは正しい省庁の一部だった過去もある。
 だから。
 

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