「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 やられたら100倍返しがモットーな俺だったが、逆も同じだった。つまり恩を受けた相手にはそのお返しも同倍率でしなければならない。
 手作りのお弁当の――たとえそれが冷凍食品をそれらしく盛りつけただけとはいえ――意味するところは俺の恋人を狙っているということだ。
 田中先生は多分、そのナースのことを病院内に密かに張り巡らせた情報網で調べて何らかの弱みとかを調べて釘を刺してくれたに違いない。
 俺に話が来なかったのは、病院内でカタが付くような「些細な」問題だと田中先生が判断したからだろう。
 これが、女の武器で迫られるとかそういう核兵器にも似た最終手段に出るようなナースだったら、田中先生も俺に話してくれるだろうから。
 井藤という「名ばかり」研修医、しかも精神疾患まで抱えているを野放しにしておくわけにはいかないという職務上の義務感ももちろん有ったが、それ以上に香川教授を救いたいという思いの方が強くて動いていたが、俺の恋人に秋波しゅうはを送ってくるような最低のナースの(あくまで俺の主観だ)毒牙から守ってくれた田中先生の恩に報いなければならない。
 精神疾患だからといって医師の資格がないとは言えない。実際、激務が祟って抑うつ状態になってしまう医師も――病院が隠蔽するために正確な数字がウチの省まで上がって来ないが――多数見てきた。
 俺の職務の一つに大学病院から問題視されている病院に「派遣」の医師として潜入捜査をすることがある。
 俺は専攻が精神科だと訴えても、100%の割合で皮膚科に回されるのは心外だったが、それが「大学病院として推薦するための条件です」とか言われてしまうと妥協せずにはいられない。
 皮膚科ならば、緊急性皆無だと思われているようだったが、そのロジックで行けば精神科だって一日や二日でどうにもならない。
 ただ「臨床経験はありません」と言ったのがまずかったのかも知れない。精神科では急に暴れだす患者さんも居るし、そういう状態になった患者さんは屈強なメンズ・ナースが三人がかりで取り押さえるのがやっとという人もいる。
 そういう患者さんには注射をして取り合えず鎮まらせるという方法も有るが、滅茶苦茶に暴れている人にシリンジを刺すのは難しい。その線で精神科はダメとか言われているような気がする。
 すると。

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