「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 美樹の場合、お金をガンガン使ってくれる恋人パトロンが一番好きだろうが、自分にお金を遣ってくれない「インテリゲンチャン」も憧れがあるのは何となく分かった。
 そして一麻薬取締官からの着信よりも大臣様の電話の方が効くのも分かっていた。
 だから、この電話を口実に別れることが出来る。
 案の定美樹は尊敬の眼差しで俺のことを見ていたし。
「そういう事情なので、本日はこの辺でお別れしなくてはなりません。紹介の件は必ず実現させますから落ち着いたらお電話します。大臣の信任に応えるという仕事は最優先しなければなりません」
 得意の嘘八百を並べた後に、テールームの伝票を持って立ち上がった。
 この断り方だと角も立たない上に俺への評価が上がることは必定だ。
 案の定「アベさんからの電話、マサさんって凄い!!」と夢見るように呟いている美樹は俺を見上げる目がキラキラしている。
 いや、大臣とは言ったが、誰も首相からの電話だと告げた覚えもないが、美樹お得意の「思い込み」効果だろうが。
 誤解のままの方が――対井藤要員にはもう使えないものの――今後何か有った時にもコマになってくれそうなので敢えて訂正はせずに美樹からは離れた。
 俺は「遊撃隊」のような立場なので割と時間が取れるし、いちいち職場に戻る必要もないので、俺の恋人に今日の「井藤観察日記」を伝えるためにそのまま帰ろうとした。
 例の麻薬取締官には予算の限度額いっぱいでもあるブランド物のタイピンを購入する許可を与えつつ。
 GPS機能を仕込むことに納得してくれているブランドはそう多くない。
 香川教授御用達のブランドは絶対に許可が下りないことで有名だったし。
 そもそも、あのブランドは皇室の方も顧客になっている。もうお亡くなりになった先の皇后陛下が「使いやすいように」と改変をごり押ししたのも仄聞している。
 そして、苦肉の策として「マスコミの写真に映らないように」という条件で「特別製」のバックを作ったとか聞いたことが有る。
 皇室のお方ですら、そういう交渉というか条件を付けるブランドだけに、一省庁の言うことなど耳を傾けないのは寧ろ当たり前のような気がする。
 そんなことを思いながら、夏の薔薇の良い香りのする門をくぐって俺の恋人が先に帰って来ていると思しき灯りを見て何だかホッとしてしまった。
「ただいま帰りました」
 玄関先で靴を脱いでいると、軽やかな足音が聞こえてきたので、極上の笑みを浮かべてしまう。
 そして。

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