「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 コトは大袈裟にしない方が良い。高速道路の置き去りについては倫理・道徳的に問題は有るものの、美樹のような健常者の場合、道路交通法では点数と罰金刑くらいしか課せられない。
 それに、K大附属病院の職員規則が、俺に言わせると「性善説にも程が有る」と呆れてしまう現状を鑑みれば、病院内の処罰はない。これが厳しい態度で臨むような規約が有れば話はまた別だったのだが。
「ええんっ……怖かったよおぉぉぉ」
 目の前では自動車が――特に大型トラック――通るたびに轟音と風圧が予想以上にキツい。
 大型台風が来た時にテレビのニュースで放映している「命の危険を感じたらすぐに非難してください」と言われそうなレベルだった、主観的にだが。
 ただ、俺は血液や内臓以外に怖いモノはジェットコースターなどに乗ることだけだったので平気だったし、パトカーが美樹を囲むように停まっているのでさしたる恐怖を感じない。
「ああ、大丈夫です。問題が有れば、大阪府警に出向している『友人』の島田警視正に言って貰えば……。私は厚労省の森と言います」
 「友人」というキーワードと島田の階級から地方公務員に違いない警察官は俺にすら敬礼をしてくれた。しかも物凄く丁寧に。
「了解しました。後はお任せください」
 年配の警官がそう言ってくれた。警察には30万人の警官が居るがキャリアは600人しか居ないので、ウチの省みたいに石を投げればキャリアに当たるようなことは――多少は大袈裟だが――ない。
 だからこそキャリア官僚と「仲良し」なだけでこんなに敬われてしまうのだろうが。
「もう、大丈夫だから。どこも怪我とかはしていないのでしょう?」
 タクシーに乗り込みながらそう聞いた。パトカーは赤色灯を回しながらタクシーが走り去って行くまで守ってくれるらしい。これも島田の御威光のお蔭なのか、公僕としての通常業務なのかは分からないが、最敬礼は間違いなく前者だろう。
「あれ?美樹……。一部の隙もないスーツ姿だったのに、その恰好はいったい?」
 香川教授に極力似せた、几帳面なまでにキチンと着込んだスーツ姿だったのが、ネクタイは解けてワイシャツに優雅な蛇のようにまとわりついているだけだったし、ワイシャツのボタンは4つも開けられていて美樹の男にしては若干大きめの胸の粒がチラチラと見えている。
 ただ、俺の恋人のように薄くて初々しいピンク色ではなくて、使い込んだのが分かるくすんだ色なのでその気には全くなれないかったが。
 すると。

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