「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 そこでハタと気付いた。
 俺は自分でも肝が据わっている方だし、研修でいわゆる反社会勢力の事務所――しかもパッと見にはカタギの会社にしか見えない今時イマドキの企業舎弟と言われるフロント企業ではなくて、虎の皮や水牛のつのや大きな神棚と日本刀がこれ見よがしに飾ってあるような古色蒼然とした事務所だったし、白いワイシャツから透けて見える巨大な背中には(多分)毘沙門天の刺青いれずみがクワっとこちらを睨んでいたり、ツタンカーメンのかと思うほどの襟飾ウセクとキラキラのダイアのロレックスとかの「異世界」の人間達だった。当然「そういう世界」が有ることは知っていたし祖母は割とテレビで「そういう系」のドラマを観ていたので免疫は有ったのかもしれないが、正直テレビの画面越しではないそんな異様な風景に内心ビクビクしていたが、何を思ったのか「ご苦労様ですっ!」「伯父貴でございますね、ささこちらに。少々地味ですが」とか言われて赤と金のにしき張りのソファーに招き入れられたことが有った。丁重な出迎えなど思ってもいなかったが、どうやら俺も「同類」と思われたようで、昼の日中ひなかだというのに、ビールとフルーツ盛り合わせで持て成された苦い思い出がある。その時も反社会的勢力の派手派手しいという表現ではとても表現できない異様な迫力にも動じないように見えたらしい。
 叔父貴というのは、何でも彼らの世界では自分の組の組長と兄弟さかずきを交わした「偉い」人間というほどの意味で、その人間に間違えられたらしいが。
 一緒に行った和泉という同僚は入口で突っ立ったまま棒のようになっていたが、俺は何とかその「伯父貴」とやらを演じきった。
 しかし、そういう順応力は有るものの、田中先生によく揶揄やゆや当てこすりをされるように、血と内臓はもう生理的にダメだ。
 美樹はあんな見てくれではあるものの、生命力は香川教授の100倍くらいは有るだろうが、100キロで走行している車には勝てるハズがない。
 最悪の事態を何種類も想定して、その解決策を考えてからコトに臨むというのが俺の信条だが、当然その中には美樹が無残な姿に……というのも有った。
 いや、そういう場所には単独で向かいたくない。病院前のタクシー乗り場で度胸の有るタクシーの運転手を見つけたとしても、そんな事態は俺の裁量に任されるだろうし。
 だったら。

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