「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 香川教授は、俺の恋人経由で聞いた話だと「対人関係構築が物凄く苦手だ」と密かにコンプレックスを持っているらしい。
 確かに口数は少ないし余計なことは言わないタイプだ。
 しかし、藤宮もオブザーバーとして参加している研究会の発言とか他の医師の質問に的確かつ明晰に答える様子を見た彼女は――厚労省内では物凄く勉強している人間の中に入ると俺は思っている――尊敬の念を抱いているのも確かだった。そこに恋愛感情はないだろうが、彼女はそういう自己顕示欲の少なさも重要なポイントらしい。滅多に人を誉めない彼女だ。というか無駄口はほぼ言わない女性がある時「香川教授って流石に森技官のお眼鏡に適った人ですね。そして、教授を口説き落とせたのも日本の心臓外科医師にとって重大な一石を投じたことになりますね」とその場の話題とは違った流れで言っていたのが印象的だった。
 俺は田中先生とかごく少数の人に対してはビックマウスを吐くことはある。ただ、職場では実現可能だと判断したことしか発言はしないし、部下の能力以上のことは要求しない。
 藤宮はその卓抜した能力を俺は買っているので多少の無理は命じてしまってはいるのも確かだ。 しかし、彼女はその期待以上の成果を常に遂行してくれるので頼もしいが。
「それなら、仕事振りが財務省のみならず霞が関の語り草になるほどの素晴らしい業績を上げることをお勧めします。迂遠なようですが急がば回れだと思いますよ。
 またそういうのを自分の口で言うのではなくて、自然発生的に他人の口から言わせるのがコツですね」
 ミズホ銀行の頭取から資料を貰った程度で自慢するほど馬鹿ではないだろうが。官僚特権というか俺だってアポイントなしで大学病院長と即座に会えるのだから。
「そうか。有難うとても参考になったよ」
 通話を終えて、すっかりグリーンティに成り下がってしまったかき氷をストローで吸い上げた。
 ただ、充分話したせいもあり喉には心地よかった。餡子あんこも程よく甘みが効いていた。
 白玉もお祖母さまが作ってくれたのと同じ味がして懐かしい。今度東京に行った時にでも盆栽の手入れがてら寄ってみようと思った。
 それにしても美樹からの電話がないのは気になる。井藤とホテルなどに赴いて若者の熱情とか多分中年の恋人パトロンにはない硬度とか、何度でも挑めるという点をお愉しみだったら良いのになとは思うが。
 すると。

 

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