「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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「分かったよ。あの銀行は反社会勢力ヤクザにローンを組ませていたことで新聞沙汰になったが、もっとヤバいネタを入手しているので、頭取にその程度の『可愛いお願い』は聞いてくれるだろうと思う。
 原本で良いんだな?頭取の印鑑もしっかり押したヤツ」
 見る見るうちに溶けて行って何だかアイスグリーンティに成り下がっているガラス皿を恨めく眺めながら会話を続けた。
「そうです。現在我々は病院内の綱紀粛正に取り組んでいましてね……。井藤は研修医で、トダというのがその医局の教授職に就いている人間なのです。
 昔と異なって大学病院の職員は公務員ではないので、賄賂ワイロとは法律上認められませんが、倫理的・道徳的にはマズい事態でしょう。だから追っているのですが……」
 味方に引き入れるためにはある程度の情報を流すのも鉄則だ。
「そうだな。今は独立行政法人だから厳密には公務員ではないから、便宜を図って貰うために金銭やそれに準ずるものを渡しても刑法には触れない。しかし、森技官の言う通り倫理的な問題は有るな。
 分かった。可及的速やかにそちらに送ることにする。頭取とのアポの時間が迫っているので切るぞ」
 やっとかき氷に――というか半分以上はグリーンティに成り下がってしまっているが――有りつけそうだといそいそとスプーンを手に持ちながらストローを店員さんに頼んだ。
 宇治抹茶の香ばしい苦みが口の中に広がって汗をかいた身体を心地よく冷やしてくれる。
 白玉も、女子高生から良い年齢としの女性が熱狂的にハマっているタピオカなんかよりもずっと心地よいモチモチ感が有ってとても美味しい。お祖母さんが作ってくれたのを思い出して、暫しの休息に浸った。
 これからは、対井藤との――そして戸田教授の医局まで巻き込んだ――「大事件」が待っているのだから。
 それを水際作戦として堰き止めてくれる役目を期待している美樹の存在だが、正直上手く行くかは五分五分だろう。
 田中先生と教授のお似合いのカップルの居る俺達の「世界」では(誰でも良いからとにかく出来れば)と思っている人間と、香川教授のように「恋人としか絶対に嫌だ」という人間が混在する。普通の男女では後者の方が多いとの統計が有るが――と言っても、ウチの省でも「市民の声を聴く」という大義名分でランダムに選んだ電話番号にアンケートを実施してはいる。しかし、こういう問いの場合だと、優等生的な答えをツイ言ってしまうのも人情だろう。だからその数字に信用は出来ない――井藤が美樹の魅力にふらふらと行ってしまうか。
 それとも。

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