「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 俺が問題の有りそうな病院に極秘で赴く査察の時に、何故かどこの大学病院の病院長も判で押したように俺を「その大学病院所属の皮膚科所属の医師」としてしか派遣出来ないと言って来ていた過去がある。
 まあ、俺としても外科専門医なんていう建前タテマエで送り込まれたら、否応なしにその派遣先の病院で外科医として振舞わなければならないので願ったりかなったりではあったが。
 しかし、当然ながら皮膚科の造詣が深いわけでもなく、しかも膨大な量の専門書を読んでいるよりも、問題の有りそうな病院の病根を見つけることのほうが当然優先順位は高いので、患者さんには「皮膚科大全」という専門書をデスクの上に置いて「ね、こんな感じに皮膚に病変が起こっていますよね。で、この場合はーーという病名が付いています」とカラー写真を見せながら診断するという俺流の診療方法を貫いている。
 ちなみに俺の恋人はその件については気に入らないようだったが、俺の読み通り患者さんからの受けは良かった。
 ただ、そのおかげで皮膚のことについては割と詳しくなったので、美樹をその気にさせる程度の知識はある。
「ああ、汗をかくと代謝がよくなるっていうのは読んだことがあったな……。
 ベタベタして不快だけど……スベスベ・ツヤツヤになるんだったら良いね」
 やっと乗り気になってくれたので心の中でため息をついた。ここまでワガママな人間でもいったんは協力者という「コマ」に使うからにはキチンと御さなければならないし、しかも美樹がヘマをした場合とかの対応策まで考えて置かなければならない。
 それは美樹がワガママとかそういうのは置いておいて、「頭脳」というかリーダーとしての役目を負った者の義務だ。
 病院までの道には陽炎かげろうで空気が揺れているように見えるし、道端に咲いた百日紅さるすべりの猛々しい感じの赤い花がより一層の暑さを感じさせる。しかも湿度は高いし風もない。
 俺は黒いスーツだったのでーーこの色が一番似合うと恋人に言われているので他の色に変える積りは皆無だーーまだ照り付ける太陽の熱ももれなく吸収してしまう不快さを表情には出さないようにして早足で歩いた。
 美樹も「スベスベのお肌」という殺し文句が効いたのか文句も言わずに付いて来てくれるのだけが救いといえば救いだったが。
 そういえば、井藤はフェラーリもーーしかも忌々しくてかつ成金趣味全開の真っ赤だそうだーー持っている。
 だとすれば。

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