「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 俺の父の時代とかそれよりも前に「世間的常識」として有った「一億総中流階級」という神話――俺の家は代々の産婦人科で地元では「森家のお坊ちゃんの医院で産まれたのよ」とか言ってくれるご高齢の婦人も多数居るのでそもそも「中流」という認識はなかったが。
 だいたい、その「お坊ちゃま」時代に、父の仕事の内容を具体的に知っていたら、俺は医学部にすら入っていなかったような気もする。
 まあ、それは置いておいて、そういう「神話思い込み」が崩れ去ってしまって、富裕層と貧困層の二極分化の時代だと言われてはいる。
 しかし、アメリカの富裕層と日本の富裕層ではケタが違うこととか、都心タワーマンション最上階に住んでいても、家具はニトリで買うとかいう「富裕層」が実際に居ると動画配信サイトで大金持ちになった人の自宅拝見動画で見た覚えがある。
 だから家具デザイナーに仕事を発注しようと考える人間自体が存在するのだろうかと疑わしく思ってしまう。
「でさ、そのタワーマンションも友達の友達からの又貸しだったんだよ!!
 ほら、タワーマンションって分譲じゃなくて賃貸でも行けるでしょ?だから、必死で払ってたみたいだけど、顧客になりそうな人をタワーマンションに呼んでホームパーティをして『お金持ち』アピールしないと仕事が来ないんだって、さ。
 でもなかなか仕事には結びつかなくて、結局その家賃も払えなかったみたい。
 美樹にもお金貸してとか言って来た時点でサヨナラしたんだけど。
 ああいう貧乏なクセにお金持ちのフリをするのって最低じゃんね?
 ……割とカッコ良かったんだけど、ホテルのラウンジの不細工なスタッフに『これはお料金に含まれていますから』と鼻で笑われた感じでカキのタネの小皿を出された時の屈辱はマジ死にそうにムカついた。
 雅さんが紹介してくれる人はその辺りは安心だから良いけど」
 カキのタネ……あれはあれで美味しいと思うが美樹には屈辱だったらしい。まあ、何に屈辱を感じるかなどは人それぞれなので別に良いが。
 俺の恋人は――そもそもホテルのラウンジにすら興味を示さない――お屋敷の維持費とか固定資産税で大変だが、ご近所からは「お金持ち扱い」を受けている。
 世の中はそういう不条理に満ちているので、俺の場合は「健康で文化的な最低限度の生活」を国民の皆様にお届けできる手助けがしたいだけだ。
 納税の義務を果たして下さっている国民の皆様のためになるような行動をしようと思ってはいる。
 そして。

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