「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 香川教授御用達のフランスの老舗ブランドの靴からスーツまで一式俺のお金で揃えてしまった後だ。
 その「大散財」――しかも全然嬉しくない。俺の恋人にプレゼントするのだったら大歓迎だったけれど。ちなみに俺の恋人はブランド物を「そんな柄じゃないし」とほぼ拒否っている。例外はアクセサリー類だけで、こちらはプレゼントするとそれなりに喜んでくれるものの、宝石――と言っても高価なダイアモンドやルビーなどではなくて、自分が付けるに相応しい紫水晶とかアメジストとかを喜んで貰ってくれる。
 しかも大きい粒――当然そちらの方が値段も高い――ではなくてダイアだと1カラットの大きさが最大という感じだった。
 服も「白衣を着ればそれで良いんだ!下に何を着ているかなんて患者さんは気にしないし、むしろユニク〇とかの方が親近感を持ってもらえるので」とかで、普段着も職場でもユニク〇かシマムラだ。
 まあ、固定資産税が大変だということもあるだろうが、俺が「何でも買って贈る」と言ってもユニク〇に連れていかれたこともあって、その慎ましさが大変好ましい。
 俺のアルマーニについては「官僚様なんだから、見た目も大切だろ?いきなり国会に呼び出されたりするんだから、そのレベルの服は着ておいた方が良いとオレは思う。それに事務次官になって内部から厚労省をぶっ壊すんだろ?だったら、そのバカ高い服も未来への投資だと思っている」とか言ってくれている。
 容姿と声が好みで一目惚れをした恋人だったが、性格まで好ましい上に俺の出世のことを考えてくれる――まあ、精神科の場合薬剤で治すのが一般的だ。カウンセリングもすることも有るが、患者さんの話を延々聞き続けている時間は当然ないので、キリの良い所で終えるのが一般的だ。
 そしてその薬は厚労省の認可が必要なので、俺が事務次官になったら、かつての非加熱製剤事件などに類する絶対に起こさないという決意はしていたし、薬の認可や停止も俺の恋人を含む現場の医師の意見を充分に聞いた上で行おうと考えていた。
 そんな愛おしい恋人にすらエルメスの服を贈ったことはないのに――と言ってもプレゼントしたら怒って「返して来い!俺には分不相応だろっ!!」と言われるのは火を見るよりも明らかだ。
 そんなことを現実逃避もかねて楽しく思い出していたが、今はそれなりのお金には困っていないハズの美樹が呑み代も請求してくるとは……。
 溜息を一つついて、次の言葉を探した。
 そして。

 

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