「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 顔と懐の痛さを――あくまでも「この話しは無かったことに!」とか言い出さないように細心の注意を払いながら交渉を続けることにした。いや交渉というより対井藤の取説トリセツというか扱い方マニュアルを伝授という方がより正確かも知れないが。
「最も詳しい――身近な方に病人とかが居て――病気って何ですか?」
 少なくとも井藤は――実力が伴っていないとはいえ――医師であることにプライドを持っていることだけは確かだった。
 美樹の「自慢」の話術はどちらかと言うと「自分のトークで他人を巻き込む」というスタンスなのだが、多分井藤はそういうのに興味はないだろう。
 それに美樹の場合――たとえそれが作り物であったとしても――凛とした佇まいとか華やかさはないにも関わらずその存在自体が大輪の花のような雰囲気を醸し出している。まあ、香川教授には正直負けているが、それはあくまでも相対的な評価だ。
 だからその見てくれだけで言い寄ってくるバカな人間もたくさん居るだろう。そういうリア充語りは却って井藤の「繊細」な神経を逆撫でする結果に終わりそうだ。
「え?『趣味』が親バレしてさ……。ま、自宅の部屋で、いけないコトをしてたから当然かもだけど。
 いやーあの時は焦ったなぁ。だって、二人が繋がっている最中にドアを蹴破られたんだよ、ヒドくね?」
 ご両親の居ると分かっている自宅でコトに及ぶ神経の方が良く分からないが、まあ、その辺りはスルーしようと思った。
「それで、その後はどうなったんですか?」
 表情を「いかにも同情している」という感じに取り繕いながら話を促した。
「『そういう趣味のヤツは親でも子でもない!!勘当だっ!!出ていけっ』で終わり。
 まあ、服を着る時間だけはくれたけどさ。それ以来実家とかその親戚からは縁を切られてるんで、身内に病人は居ないなぁ。
 あ!HIV陽性だった――ヤラずにいて本当に良かった。オレってそういう勘みたいなのが働くんだ、凄いと思わね?凄いよね!!」
 グイグイと食い気味に同意を求めてくる美樹に合わせて仕方なく「凄いですね」と言った。そう言わなければ話が前に進まない。
「その友達の友達がさ、とうとう発症したって……。その人の恋人がオレとまーまー親しいんで、HIVの話しはするかな。
 なんか病院行くのは怖いし、予防ナシで『そういうコト』もバンバンしちゃってたみたいなんで、熱が出たとか、肌にブツブツが出た!とかいちいちラインで聞いて来て。時々ググって調べたりはするよ?何で?」
 やっと。

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