「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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「えー!!こんなに地味な髪形にするんだぁー!
 あ、そっか、いつかの料亭でもこんなんだったけどさー」
 何で俺が美樹の美容室にまで付き合わないといけないのかと内心憮然たる思いでいっぱいだったが、美樹は単独行動させると何を仕出かすか分からないところが有るので仕方ない。
 うっかり目を離すと、奇天烈な髪の色に染めかねない、しかも俺のお金で。
 最近はマスメディアだけでなく、動画投稿サイトも大衆への訴求力を持って来たのでそちらの方も――幸い俺の知る限りでは現政権に賛成する人しか人気ではないようだが、PCの画面には俺も恋人も割と行くドーナツ屋で売っているエンゼル・フレンチか!?と思うような人間も居て、しかもかなりの人気を博しているらしい。
 美樹は――まあ、エンゼル・フレンチを彷彿ほうふつとさせる若者も俺の好みでは全くなかったものの――そういう気が狂ったのか?と思うような奇天烈な髪色とかヘアースタイルにしかねない危惧が有るので見張っているしかない。しかも美樹は俺の直属の部下でも組織人でもないので、髪形や色は自由に決められるからより一層危険だった。
「その方が賢……いや、より際立って頭が良いように見えますよ。ザ・エリート!って感じですね。
 あ、前髪を上げて貰えますか?
 その方が秀でた額がさらに知性の輝きを添えてくれます」
 美容室のスタッフに「よりいっそう香川教授に似るように」という一心で頼むことにした。美樹に知性が有るかどうかはともかくとして。
「オレってもともと賢いじゃん。だからこんな髪形にしたら、却って嫌味かなとも思うんだけどさ……」
 どこが賢いのか――確かに香川教授よりは世間知という部分では勝っているとは思うが、それ以外は全敗だろうと思う。そもそも、静かな佇まいながらも全体の雰囲気が凛と咲く大輪の花のような香川教授は間違いなく生まれながらの容姿だが美樹は美容整形の賜物だ。
「あのう、ターゲットに会ったら、あまり話さないで下さいませんか?
 黙って相槌を打って、時折『すごいです』とか『賢い人と話していると、物凄く勉強になります』と常に褒めておいてください。
 良い気分にすれば、きっと饒舌じょうぜつに語ってくれますよ」
 それほど自信があったわけではないが、井藤は通称香川外科の医局に入り損ねたという――同級生に腕もコミュニュケーション能力も遥かに上な久米先生といういう人が居たからだと聞いている――トラウマで逆恨みしている節もある。
 だったら。

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