「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 中国にしか居ないジャイアント・パンダとか熱帯魚、そして何故か大きな薔薇が描かれているネクタイまでが綺麗にディスプレイされていた。こんなモノが似合うのはどんな人なのだろうかとむしろ途方に暮れてしまいそうだ。
「無難な柄の方が良いですよ。――あまり奇抜なモノはリサイクルショップとかフリマーケットアプリとかで、値段が付きにくいと聞いたことが有ります。いくら日本人が好む三大ブランドの一つだとしても需要が少ないモノになってしまうかと思います。
 物の値段は需要と供給のバランスで決まりますからね……」
  あの怜悧かつ端整な、そして涼しげな雰囲気の漂う香川教授になんとか似せようと――田中先生が居たら「巧言令色」と冷たく笑われるような言葉を選ぶしかない。
「え?そうなの……?」
 美樹が吃驚びっくりした感じで切れ長の目を見開いている。確かに香川教授と似ていなくはないが、知性の光りというか、知識に裏打ちされた落ち着きというものがまるで感じさせないのがよりいっそう覚束なさを煽ってくる。そもそも美樹にこんな高級老舗ブランドの服を一式投資――いや投資ではなくてギャンブル性がより高い「投機」かもしれない、ハイリスク・ハイリターンを狙うという俺達の世界ではそんなに歓迎されるべきものでない種類の資産運用だ。いや資産運用というよりは一攫千金を狙って少ない手持ちのお金を全部注ぎ込むというパターンのような気がする。
「何がですか?」
 フリーマーケットアプリで値段が付きにくいということは――というか強気な値段設定に出来ないというのが正確なところだが――同僚が新刊で出た本を定価で買って読んでしまったら保管場所も限られているので売り飛ばすためにスマホで写真撮影していたので存在を知ってその後色々聞いたらそんなことを言っていた。
 どうせ美樹の好みとはかけ離れている服一式は――しかも日本人が大好きなハイブランド――一回か二回着ただけで換金しようとするだろうから、そちらのことを聞いているのだろうか?
「需要ってさ、欲しいと思う人がたくさんいるってことだよね?で供給は」
 そっちか!!と思ってもう何度目かも正確には覚えていない眩暈めまいがした。経済の初歩なので俺は確か小学校の時から知っていた「常識」だったが、美樹は知らないらしい。
 まあ、世の中には色々な人間が居ることも知ってはいる。
 しかし。



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