「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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「やっぱさ、エルメスで一式揃えた方が良いじゃんね……。あの人は全身エルメスだったし。そういうのってやっぱり似せた方が良いよね?」
 一応疑問形のアクセントだったが、絶対疑問ではなく確信に満ち満ちている口調だったのは言うまでもない。
 香川教授が全身エルメスなのは教授職に相応しいという理由もあるが、それ以上に「色々な店舗を回るのが面倒臭い」というある意味教授が考えそうな尤もな理由だと俺の恋人が言っていた。それに我が厚労省が鳴り物入りで始めたAiセンター長も兼務している――准教授とほぼ同様のポジションだ――田中先生は死亡時画像病理診断というMRIやCTの画像を使っての読影が主な職務のため着飾っている必要は全くない。そもそもが画像のデータが送られて来てそれを診るだけの業務だし、香川教授の医局では一介の医局員なのでブランド物のスーツを着ていたら却って医局内で何を言われるか分からないという点も考慮に入れているのかも知れないがノーブラントのスーツを着ているところしか見たことがない。
 時計は恋人としての香川教授が贈ったと思しきブランド物だったが、田中先生もプライベートでは「恋人」にハイブランドのアクセサリーを贈っている――国際公開手術を成功裏に終わらせた後に帰国した時に俺がけしかけたら即座に同じモノを贈ったとか反応があからさま過ぎて可笑しかったが。だから恋人同士の贈り物は多分田中先生の方が教授よりもお金は使っている感触だ。
 そういう点も好ましく思って見てきたし、俺の恋人もささやかな一ブランチの長らしく「白衣さえ着ていればその下は何でも良いし、患者さんもそんなトコまで見ない!」と俺が衣服を贈るのを頑なに拒んでいる。そういう庶民的な二人に比べて、美樹は全く異なるメンタリティの持ち主だと知ってはいたものの、そんなにエルメスに固執されてしまうと正直ゲンナリする。
 そういえばエルメスの紙袋の色はオレンジで、同じオレンジ色――全部ではないものの――なら吉野〇の牛丼のテイクアウトのビニール袋の方が俺の恋人も喜んでくれるのにな……と思って内心で溜息をついてしまっていた。
 それに美樹は「エルメス一式」という人の弱みに付け込んだ「ぼったくり」としか言えない要求を出してきた。他人の弱みに付け込むのは俺の十八番おはこなのに、何だかそれを真似されているような気がした。 
「……そうですね……」
 今逆らって「ふーん!オレの協力は要らないワケ!!」とか言われないように同意した。
 この投資が実ってくれれば良いのだが。狂気の井藤研修医の粘着が美樹に移ったら生きた投資と言えなくもないが、移ってくれなかったらお金をドブに捨てるようなものだ。
 すると。

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