「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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「ね、あれからググったんだけど【HIV陽性】が出ても発症しなければ大丈夫なんでしょ。
 まあ、発症したら悲惨らしいけど」
 何だか周りに人だかりが出来ている。それもこれも美樹が普通の声よりも大きな声で――傍若無人という四字熟語が相応しい――話しているからだ。
 スマホのカメラ機能かもしかしたらビデオ機能かも知れないが、スマホをかざす人まで居たので慌てて美樹の手を引いて移動した。
 最近は誰でもSNSで投稿が出来るし、バカッターと言われる人がツイッターなどに上げた投稿が瞬く間に拡散される油断ならない時代だ。
 それに美樹も――顔は弄っているとはいえ――香川教授に似た端整な容貌だし、俺だってルックス偏差値も高いのも自覚している。
 そんな画像、しかも音声付きとかが拡散されたら大変なことになる。俺がどこの誰かを特定でもされたら大変だ。
「痛い!痛いっ!!痛いっっ!!!そんなに引っ張らなくても。せっかく京都くんだりまで来たのにその仕打ちはヒドくね?」
 それは俺の方が声を大にして言いたいセリフだ。確かに口から出まかせでHIV陽性とは言ったが、そんなデリケートな問題を公衆の面前で大声で言う方がおかしいだろう。
 一番近いホテルの喫茶室で改めて向かい合った。一流ホテルだけあって、そこいらの喫茶店よりかは客同士のテーブルが遠いと知っていたので。
「ご協力ありがとうございます。今回も前回と同じ人物の身代わりというか……」
 美樹はおそらく美容室で染めたと思しきツヤツヤの金色に近い髪の毛を肩にかかるくらいに伸ばしている。そして服装もいかにも業界の人間っぽい。
「ああ、あの綺麗な人ね。ま、オレの方がもっと素敵だけどさ。
 それにあの人はぼーっと生きてる感じじゃんね」
 確かに香川教授は――明敏すぎる頭の中では色々と考えているだろうが――そんな印象を与えるのも事実だった。
「その件は何とも言えませんね。ただ、髪の毛も服装ももっとかっちりした感じに出来ないでしょうか?
 いや、それはそれで良く似合っていますが。
 ただ、ターゲットの人間は、いかにも社会人というか野暮ったい方が好みみたいですので」
 美樹の細い眉が不本意そうに吊り上ったのでフォローした。
 井藤は間違いなく香川教授の卓抜した手技にも粘着している。手術着姿は病院内でしか通用しないが、スーツ姿とごくごく自然な髪形は――大学病院で許されているのは白髪染め程度だ、まあ今の香川教授には縁のないモノだろうが――必須条件だ。
 すると。

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