「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 田中先生には脳外科の病院内工作とか医局の皆に慕われているという――まあ、香川教授の淡々とした性格と、他の追随を許さない世界レベルの完璧過ぎる手技(らしい。俺は正視出来ないことは省内ではひた隠しにしているが、本省の研究会に来てくれている医師達が口を揃えて絶賛するからにはそうなのだろう)からすると当然かも知れなかったが。
 そういう点でも時間が掛かることは請け合いだ。
「そうです。今回のケースでも……。相手は相当な資産家の『ご令息』らしいですから、お金に糸目をつけずに弁護士を10名でも20名でも雇えますよね。
 その弁護士が上手く立ち回れば『加害者』の人権の方が優先されるという結果になってしまいます。
 先程からお話ししている通り『加害者の人権は認めない』という私のポリシーに反するようなことになりかねないので、京都と滋賀の境の某精神病院でその辺りはじっくりと反省して貰うことにします。
 『目には目を歯には歯を』は古代のハムラビ法典ですが、日本の刑法よりも私はこちらを順守したいのです、ここだけの話しですけれど。
 ま、事前に食い止めることを前提に動いていますが、今回は精神疾患の上に完全に出遅れていますので――いえ」
 「出遅れて」と言った時に田中先生の秀でた眉が曇った。普段は勝気さを感じさせる眉宇だったものの――実際田中先生は筋金入りの負けず嫌いな性格をしていることは知っている――この事態、しかも相手が田中先生の苦手そうな精神疾患患者という点とか、高度に細分化された大学病院では同じ医局でなければ人的交流もほぼないのも知っていたので、その点は仕方ないと思っている。
「手術室近くで会っただけでしたっけ?その時に怪し過ぎると見抜いたのは田中先生のお手柄ですよ。早期かどうかは熟考の余地がありますが……まだ巻き返しの余地は充分有ります。
 それに、相手は健全な精神をお持ちの田中先生を始めとする外科の先生方には手に余る人間ですよね。
 しかも、お金は無駄に持っている人間ですから、二重の意味で行動力が物凄いのです。
 お金の件はだいたい想像がつくと思いますが……」
 田中先生は忌々しそうに頷いた。
「はい。フェラーリを買える財力が実家に有る上に家もたくさん持っているようですから。
 有り余る現金が有れば、例えば京都から東京までタクシーでの移動とかも可能ですからね。ヘリだって雇えますし。レンタル料がいくらかかるかは知りませんが。
 確かにそういう点でも厄介です……」
 田中先生の負けん気がどうやら戻って来たらしい。眉をキリリと上げていた。
 そして。

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