「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 俺が「快適」と言っても、文字通りの意味ではないことくらいは田中先生には良く分かっているだろうから、当然「快適」の辞書的な意味ではなく俺の具体策を聞きたがっている疑問形だったが。
「山奥の精神科の隔離病棟に行かれたことはないですよね?」
 田中先生が勿論という感じで頷いた。医学部では精神科の講義も当然カリキュラムには入っているものの、精神科を専攻でもしない限り実習はない。しかも、山奥とか人里離れた場所にわざわざ作られるーーそうでないと近隣の住民からのクレームが多いーー精神病院は、いわば刑務所と同じようなモノなので、縁がない人が大多数を占めている。だから俺に対しては特に負けん気の強い田中先生が無知をさらけ出すような感じを出すのもある意味正しい。井藤の件に積極的に介入するようになってからは、俺と田中先生の関係性が若干変わったものの根強く残っているしこりのようなものは感じられる。
 ただ、この事件が完全に解決した暁には未来志向の良好な関係を築けるような気がしたが。
「精神科は、妄想による錯乱などで暴れる患者さんが一定数以上存在するので、看護師も女性ではなくて男性が多く勤務する傾向にあります」
 田中先生はふと思いついた感じで口を開いた。
「ああ、精神病患者かどうかは検査しないと分からないのですが、救急救命室にもそういう錯乱した患者さんが運ばれて来ますよ。暴れて怪我を負ったり、建物から落ちたりして。
 そういう患者さんを取り押さえるのに、男性の医師数人が必要になったこともありますね」
 覚せい剤中毒患者の場合も統合失調症に似た症状が現れるので、田中先生が遭遇したケースもその類いだろう。外傷を負っている場合は、その治療を施してから尿検査が義務付けられている。
 どうやらK大附属病院の救急救命室は厚労省の通達なども遵守しているようで好ましい施設であることは分かった。そういう会話から割と査察のネタなどが拾えることも多かったので、つい職業意識が出てしまったが。
「そうなのです。救急救命室などの場合は医師数名、しかも男性の割合が圧倒的に多いですよね。しかし、精神科の場合は医師の女性率も高くてーーま、そういう、人目を避けて建てられた精神病院の場合は女性は敬遠しがちですがーー体力的な仕事はナースに期待されることが多くて、圧倒的にメンズナースが多くなります。
 しかも隔離病棟の場合は刑務所のように外界との接触もないので、メンズナースも刑務官並みの『特権』を享受していることも多いのです。
 まあ、弱者に対して人権侵害に抵触するような行動があった場合には当然ながら是正処置を行いますが。しかし、ここだけの話、加害者に人権などないと個人的に思っているので、その辺りは匙加減さじかげんというか超法規措置というか……。ほら、介護施設でも介護士がご老人に対して暴行を働いたり、暴言を吐いたりして問題になっていますよね。
 その件は許し難いことではありますが、必要悪として見逃しても良いようなケースがあります。
 井藤は容姿こそ大変残念ですが、しかし若いというだけでそう言った需要が有るのです。
 そういうメンズナースの群れに放り込まれた場合にはさぞかし『快適』な生活が送れるでしょう。
 もちろん、井藤がそういう性的暴行を受けるに値するようなことを仕出かしたら、という前提になりますが」
 俺がそう説明すると。

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