「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 一般的に外科医は――職業柄大学病院を中心に色々な医師に良く会うし世間話を交わす程度はする――精神科と相性が悪い。優秀な外科医ほどその傾向が高いので、田中先生は絶対そちらのカテゴリーに属する。
 香川教授は――頭脳の明晰さと旺盛な学習欲のせいだろうが――精神医学にも造詣が深いのは見事としか言いようがない。
 ただし、井藤とかいう研修医と教授が直接会うことは絶対に避けた方が良いというのは俺と恋人の共通の結論だった。
 あの粘着質の狂気の矛先は想定以上に鋭いと身に沁みて判断出来た件も収穫といえなくはない。 
 こういうのは、実際に見たり話したりするのが一番だ。
 俺も専攻は精神科で、実際に話さなければ診断出来ないということも学んだ。
 しかし、井藤の場合は見ただけで危なさが分かるのだから、相当危険だ。
 俺の恋人も田中先生の話しを聞いただけで、そう判断したのも――恋人の専門医の優秀さを物語っているというのは置いておいて――深く頷ける。
 そういうことを必死に考えているのも、先程見てしまった心臓とかを忘れたいという現実逃避だろう。
「ご足労頂き有難う御座います。それで如何でしたか?」
 田中先生が普段よりも――多分無理はしているのだろうが――にこやかな笑みで迎えてくれた。モニター越しに見た俺の「忌まわしい」記憶が蘇ってくる。その中には田中先生も居たせいで。
 吐きそうになり必死に顔色に出ないように繕った。
 香川教授は――あの人は人類を田中先生と、それ以外の人間とに分けているような感触だ。その他に分類した人間は、そもそもどうでも良いとか考えているのだろう。そういう点がむしろ清々しい気分だ――特に執着しないし、誰ともフラットな感じで接してくれそうだ。
 そういう点では浮世離れしていると言えなくもないが。
 だからこそ、田中先生が必死に庇いたくなるのだろう。そして俺も。
「来てみて驚きました。本人も想定以上に危ない感じですね……。田中先生の慧眼が当たったようです。それに医局も無秩序な感じです。香川教授の静謐かつ秩序に満ちた医局とは全く異なりますね……」
 お世辞ではなく実感を込めて言ってしまったのは、俺自身がああいうカオスが大嫌いだったからだ。
 田中先生は心の底から嬉しそうな笑みを浮かべた、後半部分は。
 医局に余程の思い入れが有る田中先生らしい反応だ。
 ただ、整った眉が寄せられているのは、井藤研修医のことがよほど気になっているからだろう。
 そして。

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