「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 俗にいう耳年増の――今の時代ネットで検索すれば大抵の情報は手に入るというのに――要素も全くなさそうだ。だからコイツの精神疾患の要素が加わった乱暴狼藉を許してしまうような事態に遭遇した場合、情報量の少なさのせいも有って「狂人のたわ言」も真に受けてしまう可能性が極めて高い。
 だとすれば――最悪の事態をいくつか想定しておくというのが俺なりの処世術だ――精神疾患持ちの人間の言うことなどを真に受けないようなフォロー策まで織り込んでおく方が良いだろう。
 出来れば避けたいが――流石に俺の恋人を怒らせるよう命知らずな真似はしたくはないのが本音だ――多分俺の恋人と香川教授の経験人数は、ほぼほぼ一緒なので誰にも言ったことのない寝室事情を暴露するしかないかと腹を括っておこう。そのプランが日の目を見ないことを祈りながらも。
 田中先生などは多分誤解しているだろうが、実際問題誰かを陥れるような策を考えて実行する時には想定しうる限りのことを考えてからだし、実行時には本当に思った通りに動いてくれるかどうかとか、手足のように動く人間がヘマをしないかどうかなどのチェックなども有って毎回薄氷を踏む思いで見守っている。確かに、でっち上げとか捏造は得意だと思うものの、実行時に雑多な手間の繁忙さや心身の疲労を考えると正直割に合わないと思えるようなモノが多いので、出来ればしたくないのも本音だった。
 ただ、田中先生の切なる願いも充分過ぎるほど分かったし、香川教授という医療界の至宝を守るためにも――ちなみに頑として厚労省詣でを拒んでいた教授が医局の慰安旅行という正直ちっぽけなモノのために俺の提案を呑んでくれたので、省内で大評判になる程度の手柄になった――動かなければならないなとも思う。
 こうなれば、東京地検特捜部を動かすか、財務省の知人に頼んで管轄下の税務署からアイツの弱みを握って、あわよくば身柄を拘束出来るように働きかけようと目まぐるしく頭を動かした。脳外科の戸田教授か若しくはその下かも知れないが、こんな時間に自由に動ける研修医などは大抵そういう巨大なバックを持っているに違いない。金銭面か、醜聞を握っているとかで便宜を図っているとしか思えないので、それを確かめた方が良いだろう。
 まあ、アイツが「そういう」性的嗜好を持っている。それだけ確かめたからには、もう良いだろうと判断した。これ以上心臓のアップを見ると嘔吐しそうな気もしたし。
 俺の恋人もペーパードライバー的な医師でもある俺に対して――といっても現在は不定愁訴外来なので、正確には精神疾患の患者さんと相対する機会はほぼ無いが――患者さんの精神の歪みを話すことで自分の精神状態をフラットに保っている。
 精神とは不思議なもので、言葉にしなくてもマイナスの感情が強ければ強いほど周囲に与える影響も強くなる。だからコイツとはあまり一緒の空間に居たくないという半ば本能のようなモノが警告を発してもいた。
 田中先生は立ち話を傍で聞いているだけとはいえ、コイツと接触して「おかしな」点に気付いたようだったが、正直話してしまったなら更に狂気の渦に巻き込まれただろう。
 それに。

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