「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 いや、死刑囚の心境というよりも――俺は観る勇気はないものの――ホラー映画とかで怪物が潜んでいると予想される場所に赴いて結局はいわゆる「無駄死に」を遂げる主役級ではなくて、その他大勢の登場人物になった気分かもしれない。
 死刑囚のように確実に死ぬわけではない――都市伝説的に日本の死刑囚であっても、刑の執行が行われても生き延びた人間がいると言われているが、日本の絞首刑の場合頸椎脱臼で死に至る上に窒息までするのだから確実に死に至る。
 その点は、大学のクラブで一緒だった島田が詳しい。刑務所――死刑囚が居るのは正しくは拘置所だが――内部のことにも何故か知悉しているので。
 島田が――全国転勤を伴う国家公務員として――警察に入ってくれて良かったと思った。
 あちらはあちらで旧薩摩藩――初代大総監は現在の鹿児島出身者で、旧藩名が薩摩なので未だに薩摩閥が存在する。といっても、警察庁長官とか警視総監に候補者が二人居た場合に有利になるという程度だが。
 それでも、警察官にたんまりと貸しの有る知り合いが警察に居て、その上大阪に赴任中というのは心強い。
 一応電話したものの、会議か何かで電話に出なかった。そういうことは良くあるので折り返しかかって来るだろうが。
 そんな現実逃避をしてしまうのは、この先に確実に待ち受けている香川教授の手技への――全国の錚々たる医師が見学を熱望してやまないのは知っていたが、個人的には絶対に見たくなかった――生理的嫌悪感のせいだったが。
 渾身の力で意を決してドアを開けた。誰が見ているか分からないので表情には一切変化はない――と思いたい――ものの、内心は冷や汗が滝のように流れているイメージだった。
 モニターは手術の部位を余すところなく映している、一切の死角がないのはある意味当たり前だったが、個人的にはモザイクでも入れていて欲しかった。
 なるべく画面を見ないようにしても絶対に視野に入ってしまうという、ある意味地獄のような惨状に――といっても心臓の手術は流血がそれほどないのが不幸中の幸いだった――我ながら良く耐えながら井藤研修医と思しき人間を探した。
 年齢や、臨床経験はないとはいえ専攻が精神科だったこともあってそういう嗅覚のようなモノは少なくとも外科医よりは優れている自負は有ったので、人もまばらな室内では直ぐに特定出来た。
 さて、どうやって接するべきかと考えながら後ろ姿を眺めていると、井藤は食い入るような感じでモニターを凝視しているのが――そしてその先には水際立った手技を行う香川教授の細く長い指先は良いとして、心臓部分のアップが映し出されているのには辟易してしまったが。これ以上見ていると嘔吐感がこみ上げてくるのは確実だったので極力見ないようにした――背中越しでも分かってしまった。
 確かに。

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