「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

27

 医師になるのを生理的な問題で諦めたオレは親や姉に対して「日本人の医療や年金問題といった由々しき問題を解決したいので厚労省に入省して内部から変えたい」というお題目を実しやかに断言していた手前、法的にマズイことは徹底的に隠していたし、両親も姉もオレが内臓や血が嫌いだと想像しても居ない上に厚労省は元内務省なので、花形省庁でもある財務省――昔の大蔵省だ――よりも由緒も歴史も上なのでむしろ喜んでいた。
 同居している時に姉の存在は敢えて近付かないといった感じだった。まとまった時間がお互い有る場合遭ってしまうと口ゲンカが勃発する率が高かったので。しかも、血の繋がりをヒシヒシと感じてしまうが口でのケンカは互角という田中先生並みの戦闘力の持ち主だ。黙って微笑んでいると控え目かつ女性らしい美しさを醸し出している人間だったが。
 姉が実家を継ぐと決まった時から――まあ、女性なので医学部に受からなくても産婦人科の医師を婿養子に迎えるという手段も使えたが――お互い「大人」の会話しかしていないし、実家に寄り付こうとも思っていない。ただ、親戚一同は「厚労省改革に挑む熱い思い」をそれらしく話したら皆が納得してくれるので助かっている。
 実際は実家を継ぐのが生理的に無理というだけの話だったが。
 それに旧国立大学病院を含む病院の監査というか、重箱の隅をつつく職務内容も、この年齢だけでは絶対に叶わない病院長へのアポなしでの面談――流石は日の丸を背負っているだけのことはあるとしみじみと思ってしまう――愛国心はそれほど持ち合わせていなかったが、一応の愛着めいたものは日本国民としての最低ライン程度には抱いている。
 だから、どれだけ厚労省が国民のバッシングを受けているかも知っていたし、何とかそのマイナスの感情を緩和したいとは思っている。
 だから「国民の皆様に愛される」厚労省を目指すためにも厚労省のトップの地位である事務次官に就きたいとは思っていた。
 上が腐敗していることも知っていたし、その腐り具合によっては即座に蹴落とすなどの「地道」な活動を続けてきたのも事実だ。
 多少――というか、かなり――強引な手段とか、目的のためには手段を選んでいられない場合も多かったが。
「そういえば、脳外科に関する患者さんのクレーム内容を聞いていませんでしたね。具体的なモノとしてどんなのがあるのですか?」
 不定愁訴外来とは、患者さんのお悩み相談窓口の側面もあるので――医師が悪い場合も有るし、ただでさえ病気で不自由な生活を余儀なくされる上に精神的にも不安定な患者さんの単なるワガママの場合も多い――各科の弱点も自ずから集まってきている。
 そして、恋人は医師のせいなのか、それとも単なる愚痴なのかを判別して前者の場合のみ病院長に秘密裏に報告していることも知っていた。
「脳外科の場合は医師の対応が悪いというのが圧倒的だな。井藤という研修医も割と患者さんから聞く名前だ。高圧的かつ一方的な感じが強いというのが一番多い。
 それを看護師が必死に宥めているというのが現状らしい」
 恋人の言葉に違和感を抱いてしまう。
 何故なら。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品