「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 輸血を禁じる「エ○バの証人」の敬虔な信者が輸血を断ったにも関わらず、医師の裁量で輸血をしてしまい――ちなみにオレはそのおぞましいパックを見ただけで心に蕁麻疹が出ることは公にはしていない――裁判で負けたということに個人的に納得はしていないが。
「まあ、例の研修医のような人間が病院内に多数いるとは思えませんが、気を付けて下さいね」
 恋人の細い眉が不機嫌そうに上がった。
「大丈夫だって。そもそも今のオレは入院患者さんの、主治医に相談出来ない件とかを聞くのが仕事だし、真殿教授の医局に居た時のように精神的におかしい人間と接してもいない。
 酔っぱらいのたわ言のように同じ話を繰り返すのは止めてくれ。
 それより、今大変なのは、田中先生、そしてひいては香川教授なんだからさ、そっちを優先しないと温厚なオレだって怒るぞ」
 「温厚」ではないと思うが、そんなことを言ってしまうと火に油を注ぐ結果になるのは目に見えているので、芳醇なコクのあるコーヒーを飲みほした。
「ええ、それは分かっています。香川教授はそもそも馴れ初めの時に使った例の――私の作った画像を笑ってスルーして下さったお蔭で田中先生も黙らざるを得なかったですし、その後も、道後の慰安旅行の日程をずらす交換条件に霞が関詣でを了承して下さって『あの香川教授を――省内でのウワサですからヘンな意味ではないです――落とした功労者として私の株が更に高騰しましたし、恩は多数ありますので、こういう時に返していた方が良いですよね。
 それに大学病院の不祥事は、監督省庁でもあるウチにも火の粉が降りかからないとも限りませんので、未然に防ぐのも立派な仕事です。
 それに、この件で香川教授が我が国に嫌気がさして、海外の病院に移ってしまったら――どうせ田中先生も漏れなくついて行くでしょうから――日本の医学界の損失ですので避けたい事態です」
 目の前の恋人が、見るからに胸やけのしそうなデリバリーのピザとかサイドメニューを悉く平らげていくのを――しかもとても美味しそうに――半ば感嘆、半ば呆れて見ていた。
 まあ、この人が何をしてもとても好ましく映るので、その点は見ていて心地よかったが。
 スマホを手に持って、この場合最も頼りになりそうな島田警視正の番号に掛けた。彼には大学時代には麻雀の連勝記録が75勝0敗というある意味輝かしい記録を持っていて、しかも借用書まで厳重に保存している。
 彼は警察官僚に相応しく法学部出身なので借用書にも「麻雀により」などの余計な記述は――ちなみに賭け麻雀などの違法なことで作った借金は厳密に言えば違法なのは法学部ではなくて、死ぬ思いで通った医学部出身のオレですら知っていた――書いていない。
 そして。

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