「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 そんなことをすれば、狼の群れの中に、可憐な野の花のように可愛くて、そしてどこか儚げな美しさを兼ね備えた人を入れるバカな真似をするようなものなので「絶対に!!」嫌だったが。
(鏡は何のために有るか?)と真剣に聞いてみたい香川教授ほどではないものの、オレの恋人もどれだけ同性に「も」垂涎の的なことを自覚していないのだろう。
 まあ、オレが口説くまでは、当たり前のように異性愛者だと思い込んでいて、しかも恋愛に重きを置いていなかった人らしく「恋愛などに割く時間はない」と思い込んでいて自分のことを(恋愛に淡泊)と自己分析していたようだったが。
「そんなことは分かりませんよ。それに田中先生情報によると、ナースや事務局員、そして精神科医師も、密かに狙っているとか。
 まあ、口八丁手八丁の田中先生が病院に居る限り、どんなバリケードよりも頑丈なので安心はしていますが、今回のことで精神疾患については彼も無力さをさらけ出してしまった。つまり弱点が露呈したので……。そっち関係の危うい『要注意人物』は、この事態が落ち着いたら、田中先生経由で私に直接報告を頼もうと思っています。
 ある意味人が良いというか、間違った使命感に燃えた新米ナースに有りがちなことですけれども、患者さんが話しかけたら親身に答えてしまって患者さんが自分のことを好きだと誤解してしまうという事例もありますからね」
 この恋人に限ってはそういう青臭さというか勘違いさせる要因は作らないような気もしたが、念には念を入れておかないと精神衛生上マズい。
「あはははは。オレが真殿教授と大喧嘩したのは、精神科医が悪しきパターナリズムにどっぶり浸かっていたからで、精神科時代は『先生様々』といった感じで、神棚にでも祀られているようなノリだったから大丈夫だ。真殿教授の御託宣を患者が有り難く聞くという図式が患者さんにもご家族にも行き渡っていたから、その心配はないな」
 患者の自己決定権が何よりも優先されるという昨今の風潮とは正反対の医局だったことは恋人からも聞いていた。真殿教授が白と言えば、カラスも白だと医局はもとより患者さんまでがそう言うだろうことも。
 そういう意味では大切な恋人は守られていたようなのは大変喜ばしいことではあった。
 しかし。

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