「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

20

 このアップルパイ――本当にメープルシロップをかけて食べないといけないのかと思うと背筋に冷たい汗が伝ってしまう――やエッグタルトの恨みはきっちり10倍返しにして返そうと密かな決意を固めた、井藤というヤツに。
「お金持ちが揃っているのが医学部ですが、その中でも割と裕福だと香川外科の研修医が言っていませんでしたっけ?」
 そんな話をチラッと聞いたような気がする。俺は、エッグタルトだけで勘弁して貰えないだろうかと内心で叶わぬ願いと救いを求めるような気持ちだった。
「ああ、フェラーリとかを乗り回していたとかいう話だな……。それに今時珍しいライフルまでこれ見よがしに車に積んでいたらしいし」
 産婦人科を経営している俺の実家も傍目から見れば充分裕福な家だと思われるだろう。
 実際これまで切実にお金に困った経験もないものの――といってもお小遣い稼ぎに賭け麻雀をするというある意味自立したこともしていたが――実家の両親は俺がフェラーリを買うと言い出したら一応は止めるだろう。「あんな成金チックな車は」とか言って。
 ベンツならばギリギリOKを出すような気がする。
 そういう価値観で育ってきたという点では俺の恋人もそんな感じだし、何となく異質な感じがした。
 財務省の下部組織に税務署も有ることから、財務官僚にも協力を頼んでみた方が良いのかもしれない。
 お金の流れというのは――物凄く古い話しで、俺だって生まれていなかった頃だ――ギャングの大ボスが捕まったのもこのせいだ――意外な事実が明るみに出る場合が有るケースも多々あったので。
 そして元同級生が――と言っても学部は異なる――大阪府警に来ていることも心強い限りだった。融通の利かない点は気になるものの、麻雀の借用書を――ちなみに借用書に「但し麻雀のせい」みたいなことを書けば公序良俗に反する契約なので無効になる――何枚も貯めていたのはお金が返ってくるからではなくて、こういう時に使いたかったからだ。
 確率研究会に入っている人間は皆そういう意図らしくて、実際に金銭トラブルになったこともない。
 そもそも、俺が略称「確研」に入ったのも、産婦人科の現場をガラス越しに見て、そのまま意識が無くなりそうになったのを――部屋の中だったら当然血の臭いも凄まじいだろうから、それはそれで幸運だった――渾身の努力で取り繕い、しかも両親は東大医学部に入った跡取り息子に絶大な期待を寄せているというプレッシャーもヒシヒシと感じた。
 もちろん、今まで何不自由なく生活をさせてくれた両親には深く感謝していた。
 しかし。

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