「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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「病院の名前がニュースに流れる時点でアウトだろうということだった。
 確かに、今の身分はK大附属病院所属だからな。オレがそういうトコまで考えていなかったのは病院に所属している者として手落ちだった。世間様の目を考えると、確かにあんなヤツでもオレと同じで『K大附属病院』所属なんだから、どうにかしてその肩書きを取ってから煮るなりと焼くなりしないとな……。
 ああ、どうして田中先生と同じで生粋の病院育ちのオレがそこまで気付かなかったのだろう。自分で自分を殴ってやりたい。
 それに田中先生の方がさ、井藤とかいう研修医のことでいっぱいいっぱいだし、しかも精神科には全く縁とか知識とかなくてそういう意味でも孤軍奮闘しているってのにさ……。
 教授の方が精神医学にも詳しそうだが、今回はターゲットにされたという特殊な事例なので、敢えて伏せてある。
 ああいう疾患を持った人間は、相手が怯えれば怯えるほど喜ぶだろうし、教授はお芝居というか、はったりを利かすことも出来ない人だろう」
 流石は俺の恋人だけあって、良く観察しているなと思ったのでつい笑ってしまった。
「笑って済ませてんじゃねぇ……。そもそもウチの病院の内部事情にも詳しいくせに、もう少し練ったアイデアを募集してるんだ!!
 冤罪でハメるという点は見事だとオレも思ったが、もう一工夫が欲しいところだな!
 って聞いているか?あああ、こうなりゃヤケだ。ドミノピ〇も注文しよう!!」
 え?まだ食べるのかと内心思ってしまった。ちなみに三枚のピザやサイドメニューは殆んど恋人の胃の中に入ってしまっている。
「さっさと病院内規則でも読んで、井藤がクビになるような一文を見つけるか、もしなければ次の教授会の時にでも作るように根回しをすること!!良いな!!」
 ヤケ酒ならぬコーラを飲んでいる恋人の怒った顔さえも戦いの女神のようき綺麗だと見惚れてしまっていたが。
 どこの病院でもそうだが、内規は一昔前の電話帳の分厚さが有る。ただ、書類作成や「あら捜しをしながら」読むことには職業柄慣れているので、恋人が差し出してくれた、ほぼ新品の職員規則を読むことにした。
 というよりも、割と大雑把な人がこんな内規集を自宅に保管していることの方が驚きだった。
 先程はピザー〇だったが、今度は別の宅配ピザに電話を掛けている恋人の華奢な後姿をため息が出た――半分以上は俺が食べなければならないのかと思うと今から胸やけを起こしそうだ――。ピザは嫌いではないが、それで物には限度というものが有る。
 吉野〇の店に行かないで良かったな……としみじみ思った。俺の対して怒っているわけではないものの、最愛の人は怒りのリミットを超えればヤケ食いに走るタイプの人間だったらしい、初めて知ったが。
 宅配ピザなら――この薔薇屋敷で完結するが、牛丼屋ならば店員さんや他のお客さんの目がある。この恋人の逆上振りからすると、全メニュー制覇とかを仕出かしそうだった。「わんこ蕎麦」――ちなみに国内全域が管轄なので当然地元の岩手県盛岡市で食べた記憶が有る――ならぬ「わんこ牛丼」は、いくら好きだからといっても食べたくはない。
 内規を読んで――田中先生にはこの予習は内緒にしておこう。そういう「努力」というか目に見えないところでの奮闘ぶりを見せないのが俺のポリシーだった。
 そして、この内規では井藤研修医をクビには出来ないので、教授会での決定が必要だということも分かった。
 政治的なことではないので割とすんなり決まりそうな点は有り難い。

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