元暗殺者の神様だけど、なんか質問ある?
清廉なる少女
「なんだ!? 何をするつもりだ、リンクル!!」
「もおおおお、不本意だけどしょうがないからあ! グレッドは大人しくしててえ!」
上下左右の感覚すら失う光の中、俺は闇雲に藻掻いて体を捩らせた。なんだこれは? 暖かい、この感覚。俺は、これをどこかで、遥か昔に、どこかで体験した事がある。どこかは思い出せないが、そこは多分楽園だった。悲しみも苦しみも悩みも無い、ただひたすらに安心だけがある世界。切なくなるほど懐かしく、戻りたくて堪らないのに、それは絶対に叶わないという絶望だけが生々しい。
どこだ? それは、どこなんだ?
「危なーい!」
と、突然の叫び声。美しい声。女の声だ。今度は「誰だ?」という疑問までが付加されて、俺の頭をぐるぐる巡る。
「……はっ!」
光が消えた。取り戻した視界には、一人の女が俺に背を向け、両手を広げて立っていた。その向こうには牙を剥き出しにしてかぱっと口を開けているロックバイターがいる。やつは俺の前に立ちはだかるこの女を、その牙にかけようとしたのだろう。だが。
「グルオオオオオ!」
女の前には、仄かに輝きを放つ薄いヴェールのような物が、まるで上昇する滝のように流れていた。ロックバイターはそのヴェールに阻まれている。
「な、なんだ、お前は?」
絹のような頼りないヴェールだが、それは鋼鉄の壁よりも強固なようだ。そして、それはこの女が操っている"力"なのだと理解した。
「あら? 窮地を救ったつもりでしたが、その言い様ではご迷惑でしたかしら? ひとまずお礼を言われるものだと思っておりましたけれども、私は」
ちらりと俺を横目で見た女は、俺の不躾な発言を咎めた。が、口元には微笑みをたたえている。特に気を悪くしたわけでもないようだ。
「あ。ああ、すまない。助けられたようで礼を言う。ありがとう。と、現在進行系で救われている途中なのだから、まだ礼を述べるのは早いのかも知れないと思ってね」
いくら死の間際だったとはいえ、この俺がそれくらいで我を忘れ、礼を失したなどと思われるのは許容出来ない。そう考えてしまう俺は、ついこうして虚勢を張る。
「あら? 後でお礼をするつもりでしたのね? これは私の方が失礼だったかしら。うふふふふ」
そんな俺の意地汚い返答も、この女にとっては楽しい会話でしか無いらしい。懐の深いやつだ。俺はこの女に好感を持った。
リンクルの光のせいでぼやけていた視界もそろそろかなりクリアーになっている。そこでこの女を良く良く見返してみれば、どうやらかなり高貴な人間である事が推察出来た。
高貴? いや、どちらかと言えば清廉か。衣服は法皇の真っ白な法衣に似ているし、もしそうなら頭にあるのは大きな聖帽と言えるだろう。俺の世界の価値観がここでも通用するのなら、こいつは間違いなく高位を持つ人間であるはずだ。
ただ、随分若い。大人びて落ち着いた印象を受けるものの、10代なのは間違いない。横顔だけ見てもかなり整った顔立ちではあるが、リンクルよりも少し年上なだけで、やはり少女と呼ぶべき存在だ。
ところで。
リンクルは、どこに消えたのだろうか?
「不思議な人ですね、あなたは」
「え? そうか?」
ロックバイターを防ぎつつそう投げかける女に、俺は少しどきりとした。これは一気に核心に迫られる感覚だ。俺にとっては、嫌な感覚、なのだ。
「そうですよ。今、九死に一生を得た方の態度ではありません」
「ふむ。そうだな。そうかも知れん。だが、それは俺が少しおかしいだけで、不思議でも何でもないさ」
妙な詮索をされるのは好まない。俺は少々ニュアンスを操作した。
「そう言うお前の方がよほど不思議だろう、俺から見れば。そんな巨獣を難なく抑えられるお前の方が。お前は一体、誰なんだ?」
この質問は失敗だった。この質問のせいで、俺は俺の自由度を制限される事となる。
「もおおおお、不本意だけどしょうがないからあ! グレッドは大人しくしててえ!」
上下左右の感覚すら失う光の中、俺は闇雲に藻掻いて体を捩らせた。なんだこれは? 暖かい、この感覚。俺は、これをどこかで、遥か昔に、どこかで体験した事がある。どこかは思い出せないが、そこは多分楽園だった。悲しみも苦しみも悩みも無い、ただひたすらに安心だけがある世界。切なくなるほど懐かしく、戻りたくて堪らないのに、それは絶対に叶わないという絶望だけが生々しい。
どこだ? それは、どこなんだ?
「危なーい!」
と、突然の叫び声。美しい声。女の声だ。今度は「誰だ?」という疑問までが付加されて、俺の頭をぐるぐる巡る。
「……はっ!」
光が消えた。取り戻した視界には、一人の女が俺に背を向け、両手を広げて立っていた。その向こうには牙を剥き出しにしてかぱっと口を開けているロックバイターがいる。やつは俺の前に立ちはだかるこの女を、その牙にかけようとしたのだろう。だが。
「グルオオオオオ!」
女の前には、仄かに輝きを放つ薄いヴェールのような物が、まるで上昇する滝のように流れていた。ロックバイターはそのヴェールに阻まれている。
「な、なんだ、お前は?」
絹のような頼りないヴェールだが、それは鋼鉄の壁よりも強固なようだ。そして、それはこの女が操っている"力"なのだと理解した。
「あら? 窮地を救ったつもりでしたが、その言い様ではご迷惑でしたかしら? ひとまずお礼を言われるものだと思っておりましたけれども、私は」
ちらりと俺を横目で見た女は、俺の不躾な発言を咎めた。が、口元には微笑みをたたえている。特に気を悪くしたわけでもないようだ。
「あ。ああ、すまない。助けられたようで礼を言う。ありがとう。と、現在進行系で救われている途中なのだから、まだ礼を述べるのは早いのかも知れないと思ってね」
いくら死の間際だったとはいえ、この俺がそれくらいで我を忘れ、礼を失したなどと思われるのは許容出来ない。そう考えてしまう俺は、ついこうして虚勢を張る。
「あら? 後でお礼をするつもりでしたのね? これは私の方が失礼だったかしら。うふふふふ」
そんな俺の意地汚い返答も、この女にとっては楽しい会話でしか無いらしい。懐の深いやつだ。俺はこの女に好感を持った。
リンクルの光のせいでぼやけていた視界もそろそろかなりクリアーになっている。そこでこの女を良く良く見返してみれば、どうやらかなり高貴な人間である事が推察出来た。
高貴? いや、どちらかと言えば清廉か。衣服は法皇の真っ白な法衣に似ているし、もしそうなら頭にあるのは大きな聖帽と言えるだろう。俺の世界の価値観がここでも通用するのなら、こいつは間違いなく高位を持つ人間であるはずだ。
ただ、随分若い。大人びて落ち着いた印象を受けるものの、10代なのは間違いない。横顔だけ見てもかなり整った顔立ちではあるが、リンクルよりも少し年上なだけで、やはり少女と呼ぶべき存在だ。
ところで。
リンクルは、どこに消えたのだろうか?
「不思議な人ですね、あなたは」
「え? そうか?」
ロックバイターを防ぎつつそう投げかける女に、俺は少しどきりとした。これは一気に核心に迫られる感覚だ。俺にとっては、嫌な感覚、なのだ。
「そうですよ。今、九死に一生を得た方の態度ではありません」
「ふむ。そうだな。そうかも知れん。だが、それは俺が少しおかしいだけで、不思議でも何でもないさ」
妙な詮索をされるのは好まない。俺は少々ニュアンスを操作した。
「そう言うお前の方がよほど不思議だろう、俺から見れば。そんな巨獣を難なく抑えられるお前の方が。お前は一体、誰なんだ?」
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