走れ!青空の向う側へ

小宮椿

未だ見ぬ繋ぐ物語



「これより約2時間後、オレ達の長い長い、短い旅は終わる。」

先生は言う。
真冬の青空の下。乾いた空気。
エアーサロンパスと競技場の芝生の匂いがする。

円陣の中で肩を組み、その瞳は一片の曇りも無く僕達を見つめ、言葉を続ける。


「ここまで先生を連れてきてくれてありがとう。この7人で無ければ、いや...このチームでなければここまでは来られなかった。」

周りには他校のチームたちの応援団が応援合戦を繰り広げている。集団ウォーミングアップで声を出し士気を上げているチーム、慌ただしく機材を運ぶ報道陣、身内の方たちと談笑する選手。
様々な雑踏が入り混じるスタジアムのゲート横。
僕達には先生の声と仲間の空気だけが全てだった。

「オレたちは繋がっている。メンバーだけじゃない。ここまで支えてくれたみんなや、卒業していった生徒たち。このステージまで君達を運んでくれた家族や友人。」

メンバーの周りにはここまで支えてくれた仲間達も立っている。

「いろんな人たちとの繋がりが重なって連なって絡まって、それが奇跡となってオレたちは今ここにいる。」


先生の拳に力が入るのが見えた。


「そして、またここから繋げよう、」


「頂点を...獲ろう!!!」


『ハイ!!!』

風が強く吹く。まるで映画の演出かのように風の終わりと主将のブレスが交差する。



スウゥ、、、




【北高ファイトオオォォォォ!!!】

『オオオオオォォウ!!!!』






ー4月、草木が芽吹き植物の匂いと温かな陽気で冬があったことなんてまるで嘘のように過ごしやすい晴れた春の日。

温かく爽やかな風が、少し前から考えるとまるで嘘みたいに咲き誇る桜の木を揺らしヒラヒラと花びらが舞う。

その緩やかな一本道の坂を歩く。
ブレザーの制服が新しく、まだ1人ではうむく結べないネクタイ姿が周りにどう見えているのかと少し不安だ。

恐らく今日から同級生になるであろう沢山の人が周りを歩く。


一本道の先、T字路になっている突き当たりが今日から3年通る事になる学校の正門だ。


「おっす、久しぶり!卒業式以来ね。ちゃんと練習してたか?」

いつもの明るい調子で喋りかけてくる女性。市川真子は中学1年で同じクラスになった時から友人の間柄だ。細身でショートヘア、毛先が少しくせっ毛になっている活発を絵に描いたような彼女。どうやら正門前でで僕を待っていてくれたようだ。たぶんきっと。

「おはよ。まぁ、走る以外やることなかったし。」

「そっか、えらいね!」

「ねぇ、このネクタイ正しい?」

「うーん、なんか三角が偏ってる?」

真子は、そう言って僕のネクタイの偏りを結び目を解かず無理矢理グイッと整える。

「よしっ!良い二等辺三角形っ。」

「ありがと。」

「なんか変なカンジね。制服と学校変っただけで急に私たち大人になったみたい。」

「確かに。でも、真子はどこでも真子なんだね。」

「ちょっと、それきっと褒めてないわよね?」

せっかく整えたネクタイを引っ張りながら凄む真子。

「あはは。ごめんごめん。褒めてるよ、比較的。」

「比較的ィ?」

確かに多少の照れ隠しで、いつも通りガサツ、みたいなニュアンスは込めた。ただ、新しい環境に緊張していたのは事実で、そこにいつも見慣れた存在がいることに安心と感謝はしていた。

「ごめんって、真子。」

「ふんっ!」

真子はネクタイを放し、腕組みをして頬を膨らませムスッとする。


「おーーーい!」

T字路の右側の道、野球部のグラウンドフェンス沿いの道から自転車で駆けてくる男性。深海将司だ。

「おはよう友よー!新天地で朝から夫婦喧嘩してんじゃねーよ。」

「夫婦じゃないから。」
「夫婦じゃないわよ!」

「シンクロォ〜!さすが中学3年間同じクラス、同じ部活の付き合いっ!遠征から合宿から、地方大会から全国大会まで、2人で過ごした年月の重さがちがうね〜。」


「何言ってんのよ、チャカしてんじゃないわよ!こいつとはたまたま成績が同じくらいってだけなんだから!そりゃ遠征も被るわよ!」

真子とは男女の違いはあるが、それぞれ同じ競技において互いになんとか全国大会に出場できるくらいの成績を持っている。
愛知県代表選抜合宿や、東海大会、全国大会への遠征は毎度毎度、顔を合わせている。

「それに深海。アンタも今日から同じ部活なんでしょ?」

「まぁね〜。やっと竜馬と一緒に走れるからな。」

「ああ、よろしく。将司。」

「またすぐに追いついてやるよ。」

「期待してる。ちょっと怖いけど。」

「ハハッ、迫り来る新人に怯えなさい〜!」

「夏は怖いけど、冬は、仲間なんだからな。」

「わかってる。それが目的だ。」

将司の目には入学の喜び、というよりは別の、大志を抱くものの光が宿っている。
僕はどうしようもなく嬉しい気持ちが込み上げてくるのを感じた。



「行こうか。」

僕は真子と将司に声をかけ、桜舞う新しい学び舎の門をくぐる。

入って左手の中庭には沢山の花壇や芝生があり、中央にはヴィーナス像のような女性の彫刻があり、その掲げた右手の先端から水が流れる大きな噴水がある。その中庭の奥に校舎、そして恐らく講堂のある大きな建築物が並ぶ。

対して右手に見えるのはグラウンド。
トラック、周りを囲うようにウッドチップのクロスカントリーを模した外周コース。部室棟にさらに奥に野球部の野球グランドがあるようだ。

400mのトラックは今までは大会の時にしか走ることが無かった大きいと感じるしっかりとしたもので、素材は土ではなく合成ゴム、タータンが使われている。


ここが、僕の新しいホームグラウンド。
これから3年間何百周、何万周と走るトラックになる。



改めて、また始められる。その喜びと期待に胸が膨らむ。

競技者としてどこまで出来るか、どこまで行けるか。改めて自分を奮い立たせる。


ここから始まる。新しい物語。
奇跡のチームと繋がりと感謝の物語。

そう、この僕。
愛知北高校陸上競技部1年、
北岡 竜馬の経験したかけがえのない、


【駅伝】の物語。

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