山羊男
#3 睡蓮大学:映像研究部の場合
「え?山羊男??ですか?」
男達はお互い顔を見合わせて確かにこう言った。
「…はい、確かに、私達が作りました…けど?」
それ程広くない部室に撮影に使うであろう小道具。奥のガラス戸の付いた戸棚にはカメラや録音機材。机の上には台本や撮影スケジュールのような書類の束が散乱しており、その狭い室内に5人程の部員達がいた。
部長を名乗る秋山と言う大学生が対応してくれた。
「毎年、秋の大学祭に向けて映画を作るのがこのサークルの主な活動内容です。と言っても、今年は上手く撮影が進んで殆ど完成してるんですけどね。」
秋山は得意そうに語った。
「去年は部員も少なくて3人での活動だったんですけど、今年は新入部員も増えて凄く助かってます。でも、残念な事にYouTuberを目指して入部する人達が多くて、みんなギャップを感じて直ぐに辞めちゃいますけどね。」
そう言ってスケジュール表を見せてくれた。夏の辺りで大体の撮影は終わっているようだ。
「それじゃあ…どちらから見ます?とりあえず、衣装からにしますか?」
そう言うと秋山は奥のロッカーからダンボールを1つ持ってきてくれた。
中に入っていたのは、スーツ1式に毛皮が付いた黒っぽいマントと、コスプレ用の角が付いたカチューシャ。何かの枠組み。
…それと、合成繊維の毛皮を縫って作った山羊のマスクが出てきた。
「予算もあまり無くて…我々が作れるのはこれが精一杯なんです。こんなチャチな物でも、カメラ通して見ると一応それっぽくは映るんですよ?」
マスクを手渡して来る。それを受け取り内側を覗いて見たが、特に変わった所は無かった。
「…これ、頭に被る用じゃないんです。背の高さを出す為、骨組みを頭の上に乗せて付けるんですよ。ほら、首の所に覗き孔があるでしょ?」
首の部分には覗き孔が2つ空いていた。
「後はいいですか?それじゃあ…見ますか?」
別室にあるスクリーンのある部屋に通された。並べてあるパイプ椅子に腰掛けると、室内灯が消された。
スクリーンに映像が映し出される。
暗い廃工場の様な所だ。
何人かの若い男女が、こちらを引きつった顔で見ては、逃げ出そうと揉み合いになりながら遠ざかっていく。
叫び声。
転んだ女性を助けようとする男性を、ほかの数人が引き止める。
「ここら辺に写っている人達はエキストラとして、大学に通う人に協力してもらっています。」
女性の肩が掴まれる。
その瞬間、画面外から大量の血飛沫と共に女性の頭が噛み潰された映像が流れる。
「ここ、結構力入れました。素人制作でもここまで出来るって所を見てもらいたいですね。」
真っ赤なスクリーンに黒い字で「山羊男」のタイトルが現れる。
…その後は登場キャラクターの背景や、なぜ山羊男なる怪物が現れたのかの説明が入る。
しばらく日常パートが続き、夜が訪れる。
暗闇の中から山羊男が姿を現し、次々に人を襲う。襲われた人達は皆、山羊男に頭を噛み潰されていた。
逃げ惑う中で主人公達は山羊男の秘密を見つける。
黒魔術の一環で現代に召喚されたと思われたそれは、実は現代科学によって作られたミュータントで、スカイツリーの地下に秘密裏に設計されたラボから逃げ出し夜になると人間を襲う…
そこまでで映像は途切れていた。
スタッフロールが流れる。
「ここまでが現段階での制作した映像になります。後はラストシーンの撮影のみとなっていますが…そこからは大学祭でのお楽しみ、とさせて貰います。」
秋山が視聴室の灯りを付けた。
「今年は何故か前評判がいいんですよ。ホームページにタイトルと軽い説明載せただけなんですけどね。結構問い合わせが多くて、私達も嬉しい限りです。」
秋山は映像研究部のパンフレットを3部差し出してきた。
「前に来た女性の刑事さんにも渡して下さい。確か…奥村さんでしたっけ?あの人もかなり楽しみにしていましたので。それでは、大学祭にてお待ちしております。」
秋山に見送られて、映像研究部に訪れていた刑事2人組は帰る事になった。
車に乗り込み、大学の敷地から出ると、2人の刑事は早速タバコに火を付ける。
「どう思う?」
「あー、結構いい出来でしたね。先輩。」
「ばかやろう。そっちの話じゃねぇよ。」
映像研究部に来ていた警察官、津山と山崎はタバコを吸いながら話し合いをしていた。
「スタッフロール見ました?」
「あぁ、途中から眠くなったがそこは見た。」
「やっぱりありましたね。『最初の犠牲者』の名前。部員に女性は居なかったのに、制作側に女性の名前がありました。」
「…奴ら、知らねーんだと思う。知ってたら名前なんて出さねぇだろ。表向きは退学扱いだからな。」
運転している男…津山は、メガネを上げて考え込む仕草をする。反対に、助手席の無精髭の男…山崎は欠伸を描きながらタバコを消した。
「一体何がどうなってやがる…」
山崎はもう一度手帳を見直す。明るい青空の様な色合いのカバーが付いている手帳を。それはどう見ても40歳近い年齢の男性が持つ手帳には不釣り合いだった。
「げ!先輩それもってきたんですか!?」
「当たり前だろ?これが無きゃ仕事にならんよ。」
「…その人も、そう言う理由で持ってったんですかね?」
「…………さぁな。わからん。」
青空の様な色をしている手帳のカバーには、「奥村 楓」と名前が書かれていた。
つづく
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