SS 創作小説

色鳥

『テーブルの下の攻防』

それを見たのは偶然だった。

私は待ち合わせの為に入った、人も疎らなファミレスでひとり、氷が半分溶けて水っぽくなってしまったアイスティーをぼんやりと飲んでいた。
おいしくないなあと思ったその時、隣の席からくすくす、笑い声が聞こえたのだ。

何気なく目をやれば、そこには一組の男女が座っていた。
ごく普通のふたりなのに、暇な私はじっと見てしまった。
少女の少女らしい可愛いらしさと、男の人の眉間の皺が印象的。
母親は見当たらないが、顔を見合わせて笑う優しい雰囲気は仲のいい親子そのものだと思った。

ふと視線を落とした私は驚いた。
ふたりのテーブルの下、だ。
ふたりはこつこつと、互いの足を蹴り合っていた。
時に蹴るのをやめ、甘噛みくらいに踏みつけたり、絡ませたり。
そこに在るのは先程感じた親子愛ではなかった。

はっきりとした、恋の空気。
他からは見えないテーブルの下で、それは繰り広げられていた。

じわり、じわり。
私は顔が熱くなるのを感じた。
それを見たあとではふたりの笑顔も違って見えるのだから不思議だ。

年が親子ほど離れてはいるが、このふたりは恋人同士に違いない、そう思った。
それは予想ではなく確信だった。
変な自信すらある。
だって私の胸はこんなにもドキドキしているのだ。
年の差カップルから目を離せなくて、氷は手の中でどんどん溶けていく。

「悪い悪い、待った?」

息を切らした彼の声が頭に降っても、私がふたりを見つめ続けてしまったのは仕方ない事だと思うのだ。
ふたりが席を立つ。

私はレジ、ドア、ガラス越しまで、ふたりを目で追った。

真っ青な、とまではいかないけど、くすんでも綺麗な夏空の下へ、スカートをひるがえして歩き出した少女のてらいない笑顔と、それを眩しそうに見つめた、照れ臭そうな男の笑顔。

テーブルの下の出来事を知らない人たちは気付かないのだ、何にも。
ふたつの笑顔の、本当の意味を知る事はない。

目線を戻したテーブルの下には、私が勝手にふたりと共有した、甘い蜜のような秘密が残っている。

なんて。
なんて事だろう。

テーブルの下にあったものは微笑ましくて、羨ましくて、ちょっぴり、切ない。
私をふたりの事をいつまでも見守っていたい、そっと応援したくなるような気持ちにさせるばかりだ。

「おい……待たせたの悪かったって、謝ったろ?」

彼の不機嫌な声に私は笑って、テーブルの下、こつり、前にある足を蹴ってみる。

さあ、胸に広がったこの気持ちを私から彼に、何処からどうやって話そうか。

〈完〉

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