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試行錯誤中

色鳥

『決意』

「俺は覚悟を決めた」
「あ?」
「て事でお前も腹をくくれ」
「いや意味分かんねー何だ急に。覚悟って何だ何の話をしているんだ」

「ああ?セックスの話に決まってるだろうが」

参った。
恋人が本格的に間違った方向に進み始めた。


その日も早番で仕事を終えた俺は、さあ帰ってまったり風呂にでも浸かろうかと嬉々として店を出た。
ところがどっこい、歩いて僅か数歩のところで鞄の中の携帯電話がけたたましく鳴った。

馴染みのない無駄に荘厳な感じのするクラシック音楽のそれは、付き合って割合すぐの頃に「これを俺専用の着信にしろ」と言ってあいつが無理矢理設定したものである。
チョイスの意図が全く分からない。

鳴り響く携帯電話を手に、何だか嫌な予感を抱きながら仕方なしに通話ボタンを押したのだが、いやはや出なければ良かったと後悔した。
と言うのも、渋々出た電話先で言われた言葉が冒頭のキテレツな決意表明だったからである。
もはや何と答えたら良いのか解らない。
笑い話になるのかさえも解らない。
少なくともセックスにおいての決意表明など電話先でするものではないはずである。ましてやこっちは仕事終わりで疲労困憊な状況だ。

「……いやちょっと意味分かんねえんだけど……」
「とりあえず今からお前はうちに来い。つか泊まっていけ」
「俺明日も仕事なんだけど」
「中番だろ。早急に済ませて寝て仕事前に家帰って着替えればいいじゃねえか。何なら送ってくし」
「待てよお前ちょっと一回落ち着け。お前さっきセックスの話っつってたよな。何だよ早急に済ませるって早急に済ませていいものなのかそれは」
「あーもーいいから早くうち来いってば!こうしてる間にも地球は回ってんだよ!話はうち着いてからでもいいだろ!」
「意味分かんねーマジ意味分かんねー、何お前マジ何お前」

果たしてこれが付き合って一ヶ月ちょいの、セックスを済ませていない恋人同士の会話なのだろうか。
些か疑問に思うところではある。

「まあとりあえず行くけど。泊まるかどうかは分かんねーぞ。ついでにセックスも俺は同意していない」

念を押すようにそう言ってみたものの、電話の向こう側の男は『待ってる』とだけ言い残して一方的に通話を切りやがった。
あの野郎。

何度目かになる鈴木の家。
玄関先でオートロックを解除してもらう事にも慣れてしまうほどにはこいつの家に来ているような気がする。
最もそれが良い事なのか悪い事なのかは分らないが。

「おう来たぞこら」
「……上がれよ」

呼び鈴を鳴らすとすぐに奴は現れた。
それはもうすぐに。
玄関先で待機してやがったのかと疑ってしまうほど早く。
その割にその表情は標準装備の不機嫌そうなぶすくれたもので。
呼び出しておいて何だその面はと僅かに苛立ちが積もる。
と言うかこいつは普段からもう少し顔面の作りの良さを活かす努力をすべきだと思う。

(何と言ってもこいつは勤務中もこの顔なのだ。接客業にあるまじき態度である)

「つか何なんだよ仕事終わって早々に。一体何だってんだ、お前の脳味噌に何があったんだ」
「…………」
「だんまりかよ。帰るぞこら」

そう言いながらも家主に構わず室内へと足を踏み入れる。
1LDKの一室は男の一人暮らしにしてはいつも片付いている。
とりあえず床に荷物を置き、リビングの中欧に設置されたソファに腰を下ろした。

ガチャリ。
後ろで玄関とリビングを繋ぐ扉が閉まった。
テレビがついていない部屋にその音は妙に響き渡った。

「……おい」

背後で鈴木が口を開いた。
ゆっくりと振り返る。
妙に真剣な面をした奴と目があった。

「んだよ」
「俺は本気だからな」
「何がだよ」
「お前とヤる」
「だから前にも言ったけど俺だけ痛え思いすんのはごめんだからな。ヤんならテメーの尻にも何かしらぶち込むぞ」
「だから言っただろーが覚悟決めたって」
「あ?」

「指でもバイブでも何でもこいってんだよクソ野郎が」

あ、やべえ、こいつ目が本気だ。


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