試行錯誤中

色鳥

『初夜』3

「お前、明日仕事何時から」

ソファにふんぞり返りながらテレビを眺めていると、食器を洗い終えたらしい鈴木が真隣に腰を下ろしてきた。
重さで僅かに体がかしぐ。
無駄にクッション性の強いソファである。

「明日は休み」
「は?マジで言ってんのかよ。休みの日教えろっつったべ」

テレビから目を離さぬままに答えると、思いっきり不服そうな声音が返ってきた。
しかしながら言われた言葉に思い当たる節はなかったので、こちらとしては首を傾げる事しか出来ない。

「……言われたっけか。記憶にねーや」
「つか明日休みなら泊まってけば」
「あ?」
「いや違う泊まれ。お前に選択肢はやらねえ」
「んだそれ。まあ良いけど。帰んのめんどいし」

言われてちらりとテレビ上の掛け時計を見れば、時間は既に20時を回っていた。
鈴木の家から我が家まではそれなりに距離があるので、今から帰宅するとなれば家に着くのは21時過ぎである。
それから風呂に入ってなんだりするとあっと言う間に寝る時間になってしまう。
ならばこいつの家でまったりテレビを眺めながら酒でも飲む方が幾らか有意義かもしれない。
当然風呂には入らせてもらう予定である。

「……ちっ」

しかしながら、素直に誘いに乗ったにも関わらず聞こえてきたのは忌々しげな舌打ちで。
思わずテレビから目を離して真隣を見やった。

「……何お前舌打ちって……え、マジ何お前……」
「お前こそ何なんだよ、マジでふざけんなよ。マジで何なんお前何なん」
「いや知らねーし。つか泊まるからには風呂貸せやな。そんでベッドも貸せな」
「ちょっとマジでお前泊まりとか風呂とかベッドとかお前マジでちょっと」

未だに何やら呟いている鈴木に対し、バカは放っておくのが良かろうと立ち上がると、間髪入れず腕を掴まれ強い力で引っ張られた。

風呂場に向かうはずだった体がソファに逆戻る。
かと思えば今度は腰に腕を回され、ぐわりと引き寄せられた。
何と鈴木に後ろから抱きすくめられる形である。
予想だにしない状況に俺は一人目を瞬かせた。

「……は?」
「…………」
「いや無言じゃなくて。離せよおい。俺は風呂に入んだよ」
「なら俺も入る」
「バカな。180オーバーの男二人が一緒に風呂に入るなんてどんな罰ゲームだ」
「言っとくけどベッドで寝るってんなら俺と一緒だからな。流石に風呂は冗談だけどよ」
「俺ら二人が同じベッドで寝るとかそれはもはや虐待だろベッドに対する」
「うるせーよ意味分かんねーよ」

お前がな。て言うかいい加減離せ。
悪態をつきながら身体をよじってみせると、存外簡単に拘束は解かれた。
一体何なんだと思いながら今度こそ立ち上がり、突然奇行に走った鈴木を見下ろす。

どの面下げて俺を抱きしめてやがったんだ。
どうせいつもみたいなぶすくれた面なんだろう。

そう思っていたのに、振り返り見下ろした先には何故だか困り果てたように眉を垂らして俺を見上げる鈴木がいた。

「……なんつー顔してんだお前」
「…………」

問いかけると、気弱な双眼がより一層悲しげに伏せられた。
まるで捨てられた犬みたいなその表情に、溜息が漏れる。
悪いがそんな表情を前にしても俺の心は痛まないぞ。
ヤツにとっては残酷な真実が俺の口から紡がれる。

「……お前さ、そんな顔すんならやめとけよ。解ってんだろ、俺なんか好きになったって何にも得になりゃしねえって」
「……恋人関係に損も得もねーだろ」
「損するよか得する方がいいだろうよ」
「仕方ねえだろ!それでもお前が気になっちまうんだよ、好きなんだよマジで。意味分かんねーよ、何で俺お前になんか惚れたの、マジでお前最悪なのに」
「面と向かって悪口を言うな。あとお前も大概最悪なヤツだからな。俺と付き合う前の女遍歴知ってんだからな。俺の悪口言う前にお前は今までの自分を振り返って悔い改めるべきだ」
「うるせーよ、そんなこたあとっくの昔にやってんだよ!」
「は?何お前マジで懺悔したの?」
「心の中でな。キリスト教徒じゃねえから教会には行けん」

そういう問題ではないと思うが。
しかしながら今までの自分の行いを悔いるほどにこいつが俺に夢中だとは驚きである。
正直全く意味が解らないが、それだけ真剣な思いに面と向かう事が出来ていない時点では確かに鈴木より俺の方が最低なのかもしれない。

溜息が漏れる。

「……あんなあ、じゃあ聞くけど。お前は俺と付き合ってどうしたい訳」

仕方なしに再びソファに腰を下ろし、真隣へと視線を向ける。
しばしの沈黙の後、ヤツは呟いた。
視線が絡む。

「ちゃんと恋人らしー事してみてえ」
「らしー事って何だ。してみてえって何だ」
「仕方ねーだろ!ご存じの通り俺は現時点でのお前みたいなスタンスで女と付き合ってきたからな。相思相愛な恋人関係は未経験なんだよ」
「さりげなく俺をディスるのはやめろ」

しかしながら本人が言うように、少し前までの鈴木はモテるのを良い事に、相当だらしのない関係を女たちと築き上げてきたようだった。

(情報源はまたしてもヤツのバーの店長である)

最も女たちの方も初めから割り切った形で鈴木と付き合っていたのだろうが、中には本気でこいつに惚れていた子も居るに違いない。
しかしながらそんな相手の気持ちなど関係なく、こいつときたら暇な時に女の誘いに乗ってヤりたくなればヤっていたのだと言う。
いやはや近頃の若者の性事情は末恐ろしい事この上ない。

て言うか、え。
ヤるって。ヤるって。
唐突に今まで一度も考えた事がなかった可能性が脳裏をよぎる。

「つかお前、もしかして俺とセックスしたいとか思ってる?」
「思ってんよ頭の可笑しい事に」
「いやそれマジで可笑しいよ。やめとけ。マジで」
「んだよそれは遠回しにシたくねえっつってんのかよ」
「シたくねえっつか。え、男同士ってどうやんの」
「は?知ってて聞いたんじゃねーのかよ。突っ込む穴なんて一つしかねえだろうが」
「お前そんな事したら痔になるぞ」
「そしたら一緒に肛門科行ってやる」

思いの他ヘビーな現実に一瞬脳内が固まる。
そうか男同士は尻を使うのか。
誰だ最初にそんなとこにブツを突っ込んだヤツは。
全く末恐ろしい事を考えるものである。

つか待て、今の会話の流れ的に突っ込まれる側が俺みたいになってるんだがそこ大丈夫か。

「え、お前が俺に突っ込むのか」
「は!?何お前俺に突っ込みてえの!?」
「ざけんなお前の尻穴ごときに俺の童貞はやらん」
「いらねーよバカ!つかもっとマシな冗談を言えよ」
「は?冗談?」
「……は?」

「俺マジで童貞だけど」

見た事もない表情で鈴木が固まった。


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