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試行錯誤中

色鳥

『初夜』

「あ?何でお前いんの?」
「ざけんなクソ野郎。テメーが昨日メールぶちったから直接捕まえに来たんだろうが」

仕事を終え、店を出て数歩歩いた先で唐突に肩を掴まれた。
何事だと思って振り返ると、どうしてかそこには約一ヶ月前から付き合う事になった恋人が青筋を浮かべながらこちらを睨みつけていて。
その表情の意味はもちろん、ヤツがここにいる意味も解らなかった為小首を傾げると、より一層目の前の男は機嫌を損ねたようだった。

「は?メール?」
「しただろうがよ!明日仕事何時から何時までだって」

言われて昨夜の事を思い返す。
昨日は遅番で、仕事を終えて家についたのは10時近くだった。
しかしながらいくら次の日が早番だろうと疲れていようと、そんな時間に眠る事などしないし、そもそも男の言うメールにはきちんと返事をしたはずなので尚更男の怒る理由が解らず困惑する。

「返事しただろーが。早番で17時に上がるって」

未だに肩を掴んでいる手が鬱陶しくて振り払うと、今度は手首を掴まれた。
ギリ、と音がしそうなほどの力で掴まれ思わず眉間に皺が寄る。

痣になったらどうしてくれるんだ。
服屋の店員は見てくれが命なんだぞ。

生憎うちの店は手首に青痣があっても違和感のないようなジャンルの服は扱っていない。

10代後半から20代までの至極真っ当なメンズたちへと若干モードよりなお洒落を提供する店である。

(値段は少し、いやかなり高め)

そんな事を頭の片隅で考えているうちに、俺の口からは自然と溜息が漏れた。
何だって仕事終わりにこんな目に遭わなければならないのだと、些かがっかりした気分になる。

「その後だよ!暇ならうち来いっつったのに、無視してんじゃねーよ!」

しかしそんな俺の反応にもめげずに、目の前の男は不機嫌丸出しで吠えるのだ。
一応ここは公衆の面前で、なおかつ職場がすぐそこにあるので、俺としては目立つ行動は避けて欲しいところである。
大人ならそれくらいの気配りはするべきだ。

「うるせえなっ、たくそんな吠えなくても聞こえてるっつの」
「んだとこら。テメーが来るのか来ねえのか解んねえから、一日中イライラしっぱなしだったんだぞ。せっかくの休みが台無しじゃねーか」

今度は責任転嫁か。
勘弁してくれ。

今更ながら、何故自分はこんな面倒臭い男の告白を受けてしまったのだろうと後悔してしまう。
自他共に認める無頓着野郎で、何事にも必死になる事はせず、何となくで今日まで生きながらえてきた俺だったが、せめて恋人選びくらいは慎重にすべきだった。

「メールぶちったくらいでキレてんじゃねーよ……。つか仕事終わり待ち伏せって何だお前、彼氏の浮気現場を押さえようとする重たい彼女かなんかかっての」
「ふざけた事言ってんじゃねーよこら!元はと言えばお前が無視すっから悪ぃんだろうが!メールの一つや二つ面倒臭がってんじゃねえよクソ!」
「あーもーぎゃんぎゃんうるっせえなあ。誰も行かねえなんて言ってねーだろうが。行ってやるよ、行きゃ良いんだろ。……ったく。帰ってゆっくり風呂入ろうと思ったのによお……」

掴まれた手首を再び振り払いながら、仕方なしにヤツの家の方向へと足を進める。
全く面倒なヤツだ。
家に来て欲しいのならもっと他にマシな誘い方があるだろうに、何だってこいつは上から物を言う事しか出来ないのだろうか。
そんな事を思いながら歩みを進めていると、不意にふてくされたような小さな呟きが聞こえてきた。

「風呂くらい好きなだけ沸かしてやるっつの……」

思わず足を止めて振り返えると、そこには叱られた子供のような表情ですねるチンピラ風の大男がいて。
何だお前は間違ったツンデレかと、俺は一人脳内でつっこみを入れた。

ふてくされたままの男、もとい鈴木と並んで歩くこと数分、ヤツの住むアパートへと到着した。

四階建てのそれは外観がグレーとブラックのツートンカラーで、無駄にシックな佇まいである。
築年数も新しく、おまけにオートロックときたもので、とてもこんなチンピラバーテンダーが住んでいる様な建物には見えやしない。

イメージ的にはもっとこう、仕事の出来るインテリ眼鏡男や金持ちっぽい独り身女が住んでいそうなアパートだ。
事実この辺りはわりかし生活水準の高い人間が暮らす土地で、俺のようなしがないアパレル店員には到底住む事の出来ないような場所である。

そしてそれはそのまま鈴木にも言える事で、一介のバーテンダー(しかもアルバイト。つまりこいつはフリーターである)がその給料で暮らしていけるような場所ではない。
従って、俺の予想ではこいつはこの年になっても何かしらの援助を親から受けているに違いないなかった。
事実その推測を裏付ける証拠として、ヤツが一人っ子なのだと言う情報を俺は得ている。

(情報源は鈴木の働くバーの店長だ)

しかしながら、いやはや、自分の息子が23になっても定職につかず、挙げ句の果てに男に惚れるようなバカ野郎に成り下がってしまった事をこいつの両親は知っているのだろうかと些か疑問に思うところではある。
最も知らない方が幸せには違いないが。

(こいつもまあ、見てくれは良いんだけどなあ)

アパートの玄関先でキーを差し込んでいる鈴木を横目に、そんな事を思う。

襟足の長めな量の多い赤毛に隠れたその横顔は、チラリと見ただけでも男前だと解るそれである。
切れ長の目に、筋の通った鼻。
精悍な顔つきとでも言えばよいのだろうか。
自他共に認めるイケメンな俺が言うのだから間違いない。

しかしこの鈴木と言う男は唯我独尊我が侭俺様クソ野郎なわけである。
しかしこの性格も親に甘やかされた結果なのだとすれば仕方のない事なのかもしれない。

(まあどうでもいいけどな)

自他共に認める面倒くさがり無頓着イケメンな俺は、成り行きで出来た恋人が例え最低最悪な性格をしていようと、どうでもいいの一言で流してしまえるような人間なのであった。
とどのつまり、俺たちはどちらも中々のクソ野郎であり、二人が付きあったところで何もメリットはないと言う事である。


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