カイカイカイ…

霜月 秋旻

本当の自分

___安藤くんは、いま何かやりたいことはないの?


突然、進路相談のときの担任の合田夏代が放った一言が、僕の頭をよぎった。
少なくともあの時は、やりたいことなど何も無かった。何に対しても、興味を持てなかった。無難で安定した暮らしが出来れば、それでいいと思っていた。
まわりの人間は、ギターに夢中になったり、スポーツに没頭したり、何かと熱くなれるものが、とりえがあった。それが僕には無かった。
わかっていたんだ。平然とすごしているふりをして。心の奥底では、このままではいけない、なにかしなければならないと、焦っていたんだ。自分がいま何をしたいのか、何を目指すべきなのかがわからないまま、時間ばかりが容赦なく過ぎていく。焦るばかりで、前に進めなかった。
定期的に配られていたアンケート用紙にも、真剣な回答などせず、いずれの質問にも<どちらでもない>に答えた。どの質問にも、はっきり<はい>、<いいえ>で答えられなかった。僕は優柔不断だ。いつも迷ったあげく、あいまいな返事をする。
そんな自分に嫌気が差していた頃だ。僕が教室の窓から、<キヅキの木槌>をかついだキヅキを見たのは。
僕があの時<キヅキの木槌>に感じたものは、己の願望だったのだ。今の毎日を壊したい、今の自分を壊したい。壊して、前に進みたい。そう、僕は心の奥底で、そう願っていたんだ。
そんなとき、アカネが僕を、ブックカフェ<黄泉なさい>へと誘った。兄であるシロウの言いつけで。それからだ。平凡だった僕の暮らしが、少しずつ動き出したのは。
それから数日後、突然変貌した喜与味を見たとき、僕はすがすがしさを感じた。自分も彼女のように変わりたいと、そう思っていた。
しかし僕の前に、<遠慮>という壁が立ちはだかっていた。臆病な僕は、今の自分を壊すことに遠慮していた。だから、僕は<遠慮>を壊す必要があった。
その遠慮を壊すことができたのは、<キヅキの森>に迷い込んだときだった。森を限界までさまよい歩いた末、僕は自分の心の限界と出会った。心の底から本心で叫ぼうとした瞬間、<覚醒の拡声器>が発現した。心の限界が、遠慮という名の壁をぶち壊した。ためらいなく本気で叫んだときの快感。あのときのすがすがしさは、今でも覚えている。
それからしばらくして、喜与味と付き合うことになった。しかし、うまくいかなかった。喜与味よりも僕は、アカネのことが好きだった。喜与味と付き合うことで、そのことに気づくことができた。
そのあとだ。喜与味が僕の部屋にあるものをすべて壊したのは。あのときの彼女の真意を理解できなかった。僕に振られたことに対する復讐だとばかり思っていた。しかし、彼女の本心をいまになって知ることができた。もらい物ばかりで埋め尽くされた僕の部屋。そんな状態では、僕のことを知ることはできない。僕がどんな趣味をもっていて、どんな考えを持っているのか。彼女はそれを知りたかったのだ。だから、壊す必要があった。僕が必要としていないものをすべて壊し、本当の僕を知りたかったのだ。
しかし、僕自身でさえもそれがわからない。自分を知りたい。だから、無意識のうちに、僕のまわりにあるものが次々と壊れていったのかもしれない。本当の自分を知りたいという願望が、僕の両親を離婚させ、僕の家を燃やし、そしてアカネに軽蔑されることを望んだのだ。
しかし、僕はまだ、見つけられてはいない。自分が何に興味があるのか、これから何を目指すべきなのかを、まだ見つけられてはいない。秘密結社カイカイカイ直属の壊し屋にスカウトされてから僕は、人が大事にしているものを次々と壊してきた。壊し続ける毎日。どんな硬くて大きなものでも、<キヅキの木槌>の力で簡単に壊れる。爽快だった。自分が依存しているものを壊されて困惑している人の顔を見るのが楽しくて仕方ない。そんな自分の悪趣味な面には気づくことができた。そう、自分が本当は悪人だということには。


___あなたって、ひどい人ね。


アカネが以前、僕に放った言葉。僕の心に、深く突き刺さった言葉。まさにその通りだった。実際、僕はひどい人間だった。まわりには無関心。他人よりも自分。自分のことしか考えない。自己中心的。自分さえよければそれでいい。まわりがどんなに苦労したり傷ついても、助けたりはせず見て見ぬふり。自分だけ安全圏にいる。それが僕だ。不思議と開き直ってしまえば、気持ちが楽だ。

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