カイカイカイ…

霜月 秋旻

依存からの開放

それから数日後、細川さんがブックカフェ<黄泉なさい>を再び訪れ、志摩冷華と筆談をした。あの夜笹井さんが梨絵の部屋にあるぬいぐるみを粉々に壊してからしばらくの間、梨絵は仕事にも出ず、あのままの状態の部屋に引きこもっていた。細川さんと会う事も拒んだらしい。梨絵は、警察に被害届を出さなかった。自分の大事なものを何者かに壊されたというのに、彼女は何も行動しなかったらしい。理由は細川さんいわく、彼女にそういう行動力はない、悲しんで終わりだろう、ということらしい。彼女の両親も、別に金目のものを奪われたわけではないのを理由に、大げさにしなかった。彼女の両親も細川さん同様、娘のぬいぐるみに対する異常なまでの執着に頭を抱えていたらしい。なのでそのぬいぐるみが壊されて、どこか喜んでいる様子だったという。
しかし何日か経って、彼女は突然、部屋掃除をし始めたそうだ。そして、自分の車に飾っていたぬいぐるみを、近所に住む子供達に分け与えたそうだ。彼女の車は、きれいさっぱり。無駄なものはいっさい無くなったそうだ。そして彼女は、長かった髪をばっさりと切って、ショートカットにした。彼女いわく、「こだわるのはやめた」らしい。
いつもゲームセンターにぬいぐるみを獲りに行くばかりだったデートは、今ではいままで行った事がないような名所に行くようになった。ぬいぐるみを集めるというこだわりから解放された彼女は、どうやら視野が広くなったらしい。いろんなことを試してみたくなったのだろう。
その話を聞いて、僕は喜与味を思い出した。彼女もかつて、自分のこだわっていたものを壊し、頭を丸めて心機一転した。いままで閉ざしていた心を、開いた。前に進み始めたのだ。梨絵も、読んだのだろう。笹井さんがあの時部屋に置いていった、<壊の書>を。


それからも、僕の<壊し屋見習い>の日々は続いた。部屋にある、捨てられない元彼の所有物を壊して欲しいという依頼や、捨てられずに困っている壊れたテレビやラジカセの破壊依頼。淡々と笹井さんは仕事をこなし、僕はそれをひたすら見てきた。笹井さんが容赦なく人のものを壊していく姿。最初は恐ろしいと思っていたが、だんだん見慣れていくにつれ、妙な心地よさがあった。そして何日か経って、僕も物を壊すのを手伝った。彼女の楽しみを奪っている気がしないでもなかったが、妙なスリルがあり、爽快だった。


やがて一ヶ月がすぎ、ひととおりの仕事を覚えた僕の<壊し屋見習い>は終わり、僕は単独で仕事をすることになった。

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