カイカイカイ…

霜月 秋旻

悪人

「本当に、これでよかったんでしょうか…」
僕と笹井さんは、壊し屋のアジトである例の防空壕へ戻ってきていた。防空壕の中には、黒沢シロウと、僕と、笹井さんの三人がいた。
「我々は、あくまで依頼されたことを実行したまでのこと。後悔すべきなのは、依頼人である細川氏の方です。彼らのこの先のことを考えるのはやめなさい。次の仕事に目をむけるのです。世の中には、まだまだ壊すべきものがたくさんあるのです」
悔やむ僕に対して、笹井さんは冷たい口調でそう答えた。その様子をみて、黒沢シロウは口を開いた。
「カイ、お前はやさしい男だな。しかしな、違うだろ?そのやさしさは、梨絵とかいう女に対するものではないだろう?お前、本当は自分が悪者になりたくないだけだろ?人に嫌な目で見られたくないから、そうやっていい人ぶってるだけなんじゃないのか?違うか?」
「それは…」
「いいかカイ、壊し屋になったからには、そんなもの捨てろ。自分を飾ろうとするな。自分がいい人であろうなんて、そんなことはいっさい考えるな。人に嫌われる勇気をもつんだ。お前は、失ったはずだ。なにもかも、壊されたんだ。お前のことを想う人間などいない。だから、お前は何をしたっていいはずだ。悪人になれ。お前は、悪人だ。お前は、自分以外の人間の幸福を、心から喜べるか?という質問に対して、心からイエスと言えるか?自分も幸福で、心に余裕がある奴はイエスと言えるんだろうが、少なくとも俺には言えないね。答えはノーだ。ましてや自分が幸せではないのに、他人の幸せを心から祝福なんてできないね。自分のことのように喜ぶなんてな。お前もそうなんじゃないのか?表面ではイエスと答えて、心の中ではノーと答えてるんじゃないのか?」
たしかに、僕はいままで、仮面をつけて生きてきた。自分を偽って生きてきた。自分の本心を心の奥底に沈め、まわりの人間にはいい顔をして。人に優しくするのも、人のためではなく、自分のため。自分に対するまわりの評価をあげるためにすぎなかったのだ。やさしい人間というレッテルを掲げたかっただけなんだ。
「お前は、本当はいい人ではない。お前は、悪人なんだ。無理に善人であろうとするな。いままでお前がしてきたことは、本当の自分に嘘をついた、偽善にすぎない。開き直れ。自分の心に嘘をつく必要がない。これからは、とことん悪人になれ」
「あ、悪人…」
その言葉を聞いて、どういうわけか僕は心が少し楽になった。それは、僕が本当は悪人であるという証明なのだろうか。さっき、ぬいぐるみを破壊しているときに笹井さんが見せたあの表情、あれは紛れも無く、悪人そのものの顔だった。彼女はきっと、人の大事にしているものを壊すのを、心から楽しいと思っている。僕にも、ああなれというのだろうか。
それにしても、僕は気になってしょうがない。その後の梨絵の様子が、気になってしょうがなかった。それは、梨絵のことを気にかけているとか、そういう善良なものではない。ただ単に、好奇心で人の不幸を喜んでいるだけという、悪趣味極まりないものに違いなかった。

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