カイカイカイ…

霜月 秋旻

張り込み

夜。支給された黒服を身にまとい、サングラスをかけて僕と笹井さんは梨絵の家の近くに張り込んだ。
「外で私の名を呼ぶときは、笹井ではなくサイと呼んでください。私もあなたのことをカイと呼びます」
僕が「笹井さん」と呼ぼうとすると、彼女にそう注意された。僕は黒沢シロウに、本名そのままに『カイ』というコードネームで呼ばれている。笹井さんは苗字からとって『サイ』なのだろう。サイと聞くと、砕くと書くほうの『砕』というイメージがある。僕のコードネームも、壊すと書いて『壊』というイメージが自分の中にある。砕も壊も、どちらも壊し屋にふさわしいコードネームだと思う。
張りこんで数分経つと、ターゲットである梨絵の車が、彼女の家の庭に停まった。降りてきた彼女の髪型はツインテール。三十歳というよりは、二十代前半のように見えた。顔はやや幼く見え、少々小太りだ。ここまでは、いたって普通な女性に見えた。ただし、車のフロントガラスの内側には、なにやらかわいらしいぬいぐるみが大量に見える。依頼人の細川さんの言うとおり、彼女はぬいぐるみに依存しているのは確かのようだ。
それからまもなくして、彼女の家に依頼人の細川さんが訪ねてきた。そして彼は、彼女の部屋に入った。彼女の両親は夜遅くまで仕事をしていてまだ帰ってきていない。細川さんには、笹井さんが前もって盗聴器、監視カメラを手渡しておいた。そして、梨絵の部屋にこっそりそれを設置するように頼んだ。
監視カメラ越しに、僕と笹井さんは彼女の部屋をみた。予想を上回るほどのぬいぐるみの量にあっけにとられた。部屋の本棚には、本ではなくぬいぐるみで埋め尽くされていた。床には足の踏み場がないほどのぬいぐるみが散乱していた。ベッドの上には大きなぬいぐるみ。抱き枕のかわりのようなものだろう。
僕は、昨日読んだ、依頼人の細川さんが書いた原稿を思い出していた。あの原稿には続きがあった。
『彼女、職場でうまくいっていないみたいなんです。職場の人間と話が合わない。ぬいぐるみの話題だと、まわりが引くくらい熱く語ってしまうらしいんですが。まわりの人間は、彼女のことなどまるで相手にしていない。彼女はいつも寂しい思いをしていたようです。僕と話すときも、ぬいぐるみ以外の話はあまり興味を示さないんです。それで愛想がつきてきたんです。しかし別れたら、彼女の復讐が待っている。なんとかしてほしいんです』


「明日の夜、壊すわよ」
そういって、笹井さんは決意めいた表情で張り込み場所を去った。

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