カイカイカイ…

霜月 秋旻

秘密結社カイカイカイ

シロウはひたすら僕に語った。夏目、末永、シロウの三人で設立した秘密結社<カイカイカイ>。活動内容は主に、壊すことだと。
周囲と自分の間に壁を作っている人間。その壁を壊す。モノに依存して生きている人間。そのモノを壊して、依存から解放させる。ひとつの物事にこだわって、まわりが見えていない人間。そのこだわりを壊す。あらゆるものを、<キヅキの木槌>で壊すのが、カイカイカイの活動内容。
霊能力で<キヅキの森>にある木を自在に操ることができる夏目は、まず防空壕の上に、ブックカフェを建てた。決して口では喋っていけない、筆談のみ許されたブックカフェ。表向きでは、静かに読書をしたい人や執筆に集中したい小説家のために設けられたブックカフェだが、本当は、モノの破壊の依頼を受けるために設けたもの。
人の所有物を壊すことを故意に壊すことは、下手をすれば器物損壊罪に問われる。なので他人に聞かれるのはまずい。なので、筆談でやりとりをする必要がある。
カイカイカイには、壊すことを専門に仕事をする<壊し屋>業務と、ブックカフェ<黄泉なさい>での接客業務とに分かれているらしい。シロウと末永は、<キヅキの森>に自殺目的で訪れた人間数人を、社員としてそれぞれにやとった。かつてブックカフェ<黄泉なさい>の店主は末永が担当していたが、老化に伴い、シロウが後を継ぐ形になった。そしてシロウは、壊し屋のリーダーも兼任していたらしい。
壊し屋。僕は殺し屋というのは聞いたことがあるが、壊し屋というのは初めて聞く。
「依頼のあったものはなんでも壊す。それが壊し屋の仕事だ。無差別に世の中のあらゆるものを壊すことが、そのまま世の中のためになるなんて思ってはいない。それだとただの人迷惑な集団だ。だから俺たちは、人々が壊れることを望んでいるものを壊す。それが壊し屋。俺たちが今いる場所は、その壊し屋のアジトであり、かつて防空壕だったのを改装したものだ。そして、俺の後ろにある扉の先は、上にあるブックカフェ<黄泉なさい>のスタッフルームへとつながっている」
つまり黒沢シロウは、今いるこの防空壕と、ブックカフェのスタッフルームを行き来していたということだ。僕がアカネや喜与味、志摩冷華と筆談している頃、彼はここで部下に指示を出したりしていたのだろう。
「さっきも言ったが、俺たちの仕事は、依頼されたものを壊すこと。ただし、人を除く。人殺しは、殺し屋に任せれば良い。殺し屋にとって恐れる事は殺人罪だが、俺たちが恐れるのは器物損壊罪。もともと現実のものではない、この<キヅキの森>で会得した<キヅキの木槌>で、いままで俺たちは罪に問われることなく、壊し屋業をこなしてきた」
「ほかに組織の人はいるんですか?」
「当然だ。じゃなければ組織とは呼べないだろう。もっとも今はみんな出払っているがな」
「私もその一人よ」
僕の背後から女性の声がした。聞き覚えのあるその声の主は、志摩冷華だった。いつもの赤い着物姿ではなく、今は葬式にでも出るような、黒いスーツに身を包んでいた。
「冷華さん…」
「さて、安藤快くん、キヅキが君をこの場所まで導いた理由は、他でもない。君を<カイカイカイ>直属の壊し屋にスカウトするためだ。君が<キヅキの木槌>を会得することができたからこそ、キヅキが君の前に姿を現したのだ。壊し屋になることができる条件は、<キヅキの木槌>を会得していること。君には資格がある。どうだ?君も壊し屋にならないか?俺達とともに、世の中を壊して、改めないか?」
突然の勧誘に、僕はうろたえた。
これまでの黒沢シロウの話を整理してみる。以前志摩冷華が話していた、この森で命を落とした霊能力少年が、黒沢シロウの親友である夏目宗助だということはわかった。そして、夏目宗助は、成仏せずにこの森に呪いをかけたまま留まることをのぞんでいる。このあいだ亡くなった末永弱音は、夏目をなんとか成仏させようと、夏目を満足させるため、夏目の望むことをしようと決めた。それが、いまの世の中を壊すこと。そしてそれは、末永とシロウの願望でもあった。そして三人は、この<キヅキの森>を拠点に秘密結社カイカイカイを設立。しかし、ただ闇雲に、自分たちの思うがままに何もかも壊すのはよくないと思うので、誰かに依頼されたものを壊す。それにしても、依頼されただけのものを壊すことが、世の中を壊すことにつながるのだろうか。
「考えさせてください…」
僕はそう答え、返事を保留にした。

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