カイカイカイ…

霜月 秋旻

引込み思案

黒沢シロウ。ブックカフェ<黄泉なさい>の奥にこもりっぱなしであるはずの彼が、何故こんな地下にいるのだろうか。こんなところで何をしているのだろう。そもそもこの地下の建物はなんなのだろうか。様々な疑問が、津波のように僕に押し寄せてくる。
「座りなよ。どうも目の前に立たれると、見下されているような気分になってしょうがないんだ。俺も座って君も座る。対等な目線で会話をしようじゃないか。なあ、安藤快くん」
黒沢シロウの鋭い視線が、僕を圧迫する。彼に言われるがまま、僕は目の前のテーブル席に腰を下ろした。気がつくといつのまにか、僕をここまで案内したキヅキは姿を消していた。僕をここまで導いたことで、彼は役目を終えたのだろうか。挙動不審にあたりを見渡す僕を、黒沢シロウは鳥かごの中の鳥でも観察するように眺めていた。
「落ち着かないか?この建物は。俺はここに住みなれているから大変、快い。君は初めてここへ来たから落ち着かないだろう。なに、気にすることは無い。誰だって、初めてのことには戸惑いを隠せないものだ。俺も初めてここへ来たときは全然なじまなかったんだ。いまの君のように、部屋のあちこちをきょろきょろとしていた。今ではすっかり、俺の居場所だがな」
部屋を見渡すと、僕がいま入ってきた扉とは別に、もうひとつの扉があった。黒沢シロウが座っている、テーブルのいちばん奥の席のすぐ後ろにあった。僕がその扉を見つめていると、黒沢シロウはそれに気付いて、その扉のほうを振り向いた。
「気になるのか?俺の後ろにあるあの扉が。しかし、それは君の想像にお任せするよ。それより、君が知りたいことはもっと他にあるんじゃないのか?」
黒沢シロウの言うとおり、僕には彼から聞きたいことが山ほどある。しかし、ありすぎて何から手をつければいいのかがわからない。
「まあいいだろう。君は見るからに引っ込み思案だ。君は知りたいことがあっても、質問もせずにただ自分の脳内で適当な答えを出して納得するタイプだろう?違うか」
図星だった。
「無理に口を開く必要はない。俺はなにも君に、質問を強要しているわけではない。質問したければすればいいし、したくなければ、ただ俺の話を聞いていればいい。君が質問しなくても、俺が勝手に話すだけだ。そのほうが楽だろう」
僕は黙ってうなずいた。
「ところで安藤快くん、君は今のこの世の中、どう思っている?」
ただ話を聞いていればいいと言っていた彼が、早速僕に質問してきた。僕は黙秘した。
「どうって言われても…」
「便利なものが増えてきたよな。本を買うにしても、わざわざ本屋に行って、無数の本の中から目的の本を探すことをしなくても、スマートフォンで本のタイトルを検索して簡単に目的の本を購入して読むことが出来る。紙の本を買わないで、電子書籍で読む人間も増えてきた。実に、便利な世の中になったよな。家から一歩も出なくてもいいんだもんな」
黒沢シロウは、僕が知りたがっていることとはかけ離れた話をし始めた。
「本に限らず、いろんなものをネットを通じて買えるようになった。手紙のやりとりをせずに、電子メールやソーシャルネットワークサービスで会話をできる。どれもこれも、家にいながらな。どんどん人の労力を必要としない世の中になっていってるよな。それについて君はどう思う?たしかに、それに費やす時間が短縮されるし、そのあまった時間を別なことにまわせる。そう、苦労せず、時間を作れるということに関してはいいことだよな。しかしその分、人は苦労を忘れる。知らなくなる。自分の力で物事を成し遂げることが出来なくなっていく。そう思わないか?なあ、安藤快くん」
僕は何も答えなかった。
「俺は、そんな世の中を壊したいんだよ」

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