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カイカイカイ…

霜月 秋旻

心岩

僕はキヅキの後ろをついていった。この<キヅキの森>にあるという、もうひとつの建物。キヅキはいま、その場所へと向かっているらしい。しかし、行き着いた先は、急な傾斜地だった。落ちると打ち所によっては死に至るかもしれないほどの急な傾斜。下にはいくつかの大きな岩があった。
僕はこの場所に来たことがある。以前、志摩冷華とともに、来たことがある。その傾斜地の下には以前、末永弱音の遺体があった。しかし今はもうない。僕は結局、末永弱音の遺体をどうしたのかを、志摩冷華から未だに聞き出せてはいなかった。
「この森にあるもうひとつの建物は、この下にあります。ついてきてください」
キヅキは空中にふわりと浮きながら、下へと降りていった。さすがは自称・精霊。僕はおそるおそる、近くにある木の枝につかまりながら、ゆっくりと傾斜を下っていった。しかし下っていった先には建物らしいものが見当たらない。降りる前からそれはわかっていたが、下のほうでキヅキは岩の上に立って、僕が降りてくるのを黙って待っている。僕はキヅキが立っている場所を目指して降りていった。そしてようやく、キヅキの元へとたどりついた。するとキヅキは再び口を開いた。
「この下です」
「え?」
「この森にあるもうひとつの建物は、この岩の下にあります」
キヅキはそう言った。
「どういうことですか?」
「この岩をどかせば、その建物へと続く階段があります」
そう言って、キヅキは岩から降りて、そのまま黙って立っていた。
「え?この岩を、僕に動かせって?」
「はい」
その岩は直径約四メートルほどあり、高さは約二メートル。僕は試しに動かそうとしてみたが、びくともしなかった。
「無理です。僕の力では駄目です」
「そうですか。しかしその岩をあなたが動かさない限り、その建物へはたどり着けません。なんとかしてください。ただし、その岩は<キヅキの木槌>でも破壊できません。そこはご了承ください」
わけがわからなかった。こんな重くて大きな岩を、僕一人で動かせるわけが無い。この下にもうひとつの建物へと続く階段があるというのなら、その建物に用がある人間はどうやってこの岩をどかすのだろうか。大の男が数人揃わないと無理だろう。キヅキは手伝おうとする素振りをみせない。
僕は何度も、その岩を持ちあげようと試みたが、何度やっても同じだった。手のひらの皮があちこち裂けて、血がでている。足腰に疲労が溜まってきた。
「今のあなたには、とうていその岩をどかすことはできないでしょうね」
キヅキは冷たい目をして僕にそう告げた。そんなこと、自分でもわかっている。僕一人の力ではこんなごつい岩、どかすことなどできない。わかりきっていることだ。
「あなたは、この岩を持ってみる前から、思い込んでしまっている。こんな岩、持ち上げられるわけがない、無理だろうと。そう決め付けてしまっている。そうやって頑張って持ち上げようとはしているものの、心の中では不可能だと諦めている。そんな心意気では、持ち上がるものも持ち上がりませんよ。その岩を持ち上げない限り、あなたは次のステップへと進むことができないでしょう」
「なんだと…?」
僕は次第に苛立ち始めていた。キヅキの冷たい発言。僕を見下しているような態度のキヅキに怒りを覚えた。こんな重くて大きい岩、誰の目からみても僕ひとりの力で持ち上がるわけが無いはずだ。
「下にある建物へと続くルートをふさぐその岩は、ただの岩ではありません。その岩は<心岩>と呼ばれる、この<キヅキの森>にだけ存在する岩なのです。持ち上げようとする人間の心によって、気まぐれに重さが変わる、特殊な岩なのです。あなたがその岩を持ち上げるには、考えを改める必要があるのです」
キヅキの今の説明に、僕は耳を傾けた。

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