カイカイカイ…

霜月 秋旻

全部ぶち壊してあげる

久しぶりにアカネとブックカフェに行った日の夜。僕は夕食を済ませたあと、自分の部屋のベッドにあおむけになりながら考えていた。どうやって喜与味に別れ話を切り出そうかと。喜与味も僕も、今はスマートフォンを持っていない。末永弱音に壊されて以来、新しいものを買っていない。買ったとしても、連絡を取り合うほど仲がいい人間が、喜与味以外にはいなかった。それに喜与味はもうスマートフォンを持つ気などないらしい。持っていなくても生活できるからいいらしい。なのでこの四ヶ月間、喜与味とは家の固定電話で夜中にこっそり会話をしたり、手紙、交換日記のやりとりをしていた。
本当は直接会って、別れ話をするのが一番なのだろう。しかし僕に、そんな度胸などなかった。僕はベッドから起き上がり、机に座ってノートに別れの文章を書いてみた。しかし、何行か書いては破り、書いては破りの繰り返しだ。彼女を極力傷つけない言葉がみつからなかった。君のことを好きでなくなった、本当はアカネが好きなんだ、君とはやはり付き合えないと、ストレートにぶつけたほうがいいのだろうか。
しだいにまぶたが重くなってきた。手に持っていたペンを何度落としたかわからない。僕は机の上にうずくまった。すると、背後から誰かに「快くん」と名前を呼ばれた。
振り返ると、そこには制服を着た喜与味が立っていた。部屋の窓はしまっているし、入り口だって内側から鍵をかけていたはず。なのにどうやって進入したのか、喜与味がいつのまにか部屋の中にいた。とても、寂しい表情をしていた。
「別れを言いにきたの。もう快くんには、あたしに対する気持ちが無いんだよね?本当は、あたしじゃなくてアカネのことが好きなんでしょう?」
まさにその通りだった。しかし僕は、すぐには頷けなかった。返答を躊躇している僕をみて、喜与味はさらに口を開いた。
「ねえ、快くんの本当に大切なものってなに?」
僕の部屋中を見渡しながら、彼女は僕にそう質問した。
「わからない」
僕はようやく口を動かした。実際、その通りだった。僕にとって何が一番大切なのか、わからない。本当に大切なものが、この部屋の中にあるのかどうかも疑わしかった。
「そうよね。わからないわよね。こんなに物があったら…」
すると喜与味の右手に突然、巨大なハンマーが出現した。例の<キヅキの木槌>だ。
「わからせてあげるわ!あなたにとって本当に大切なものが何なのかを…」
喜与味は、木槌をふりあげて、僕のベッドに向けて振り下ろした。
「やめろ!」
僕がそう叫んだときには遅かった。木製のベッドは真っ二つになり、喜与味は何度も何度もベッドに向かって木槌を振り下ろした。ベッドは原型をとどめないほどめちゃくちゃになり木片と化した。
それから、テレビ、パソコン、机、衣類をはじめ、部屋にあるあらゆるものが、次々と壊されていった。喜与味を止めようにも、僕の体は金縛りにでもあったように動かない。部屋をめちゃくちゃに壊される様を、ただ怯えながら見ていることしかできなかった。止められない。こんなことが起きているのに、下の階にいる両親は気付かないのだろうか。壊れていく。壊されていく。部屋にあるものが何もかも。喜与味の顔は、少し嬉しそうに笑っていた。
「全部ぶち壊してあげるわ!あなたのまわりにあるもの何もかも!」
壊れていく、僕の部屋にあるもの。いるものいらないもの問わず、何もかもが壊れていく。壊されていくうちに、だんだんと僕は、何もかもがどうでもよくなってきた。これは夢だ。きっと僕は、机の上で喜与味への別れ話を考えているうちに、そのまま眠ってしまったのだ。もうすぐ目が覚めるはずだ。そうすれば元通り、夢で壊されたものは壊される以前の状態に戻る。そうに違いない。そう思いたかった。
しかしいっこうに夢から醒める様子は無い。そしてついに、喜与味は部屋にあるすべてのものを壊し終えてしまった。
「さようなら、快くん。自分を偽らないでね」
そう言って、喜与味は姿を消した。すべてを粉々にされた部屋には、<壊>と書かれた本が一冊、ぽつりと置かれていた。

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