カイカイカイ…

霜月 秋旻

偽りの愛情

僕と喜与味が付き合い始めたことは、学校内にすぐに広まった。それもそのはず。校舎の中を堂々と、二人で手をつないで歩いているのだから。私たちは恋人同士ですよと言わんばかりに。
恥ずかしくなかったといえば嘘になる。だいいち、僕はもともと目立つことを極力避けて生活していた。ただでさえ、喜与味のスキンヘッドは目立つ。そしてそんな彼女の彼氏となると、なおさら目立つ。しかし、嫌ではなかった。彼女の僕に対する愛情表現が何より嬉しかった。
「快くん、愛してる」
「僕も」
毎日一回、二人でそんなやりとりをする。愛を確かめ合う儀式。恥ずかしくはあったが、お互いの愛情が深くなっていくのを感じた。
今まで本を読む習慣が無かった僕に、彼女はいろんな本を推し進めてきた。活字慣れしていない僕には、それらを読むのには時間がかかった。以前<黄泉なさい>で読んだ<懐の書>はすらすらと読めたはずなのに、喜与味に勧められた本は何故かなかなか読み進められない。内容が難しくて頭に入らないのが原因なのかもしれない。彼女とは趣味が合わないのだろうか。結局どの本も、読み終えても読んだ内容が記憶に残らないものばかりだった。喜与味に感想を聞かれても、在り来たりなことしか言えなかった。
自分の趣味を推してくる積極的な喜与味に、受け身の僕。一応相性はよかったのか、特別喧嘩もなく付き合いは順調だった。
「快くん、あたしのこと好き?」
「好きだよ」
そう言い合う儀式も相変わらずだった。
しかし、日が経つにつれ、徐々に刺激は無くなっていった。


「幸せそうで、なによりね」
喜与味と付き合い始めて二ヶ月ほど経ったある日の教室内、後ろの席から皮肉ともとれるアカネの一言が聞こえてきた。僕はどう返していいかわからなかった。たしかに付き合い始めのころは、幸せだったといえる。しかし今になって、幸せなのか?と問われると、実はそうでもなかった。<愛は盲目>という言葉をどこかで聞いたことがある。しかし付き合っていくうちに、徐々に僕は冷静になってきていた。ただ僕は、僕自身の成長のために彼女を利用していたにすぎないと気付きはじめている。彼女と付き合えば、自分も何かが変わるのかもしれないと思った。だから付き合い始めた。しかし二ヶ月経ってわかったことは、彼女の押しの強さと、それに押し負ける弱い自分。彼女に好きだとか愛してるだとか言われたことが、この二ヶ月のあいだに何度かあったが、はじめのうちは僕の方からも「好きだ」と返したが、日が経つにつれ僕は適当なあいづちを打ったりしてごまかした。口づけも交わしたが、いずれも彼女の方からだ。愛してるだの好きだのと言った言葉は常に彼女の方から言ってくる。僕からは言わなかった。二ヶ月経った今は、付き合っているというより、一方的に付き合わされているといった方が正解なのかもしれない。


彼女と付き合って三ヶ月くらいたった頃だろうか。徐々に、後ろの席のアカネのことばかりが浮かんでくるようになった。喜与味と付き合う以前は、クラスの中でいちばん会話をする仲だったのに、今ではあまり頻繁には口を利かなくなっている。アカネと会話がしたい。しかしアカネは不機嫌そうにそっぽをむいている。それが気になって仕方が無かった。
喜与味と付き合って四ヶ月ほどたった頃だろうか。喜与味とはお互い、あまり口を利かなくなっていた。付き合い始めた頃は感じなかったものが、今頃になって感じるようになって来た。偽りの心。喜与味の、僕に対する愛情は偽りでは無かったのかもしれない。しかし、僕には彼女に対する愛情など、はじめから無かったのかもしれない。もともと、僕は喜与味の誘いに応じただけだった。そのことに気付いた。
「どうしたの?最近氷川さんとうまくいってないの?」
僕と喜与味の間に発生している冷たい空気を感じ取ったのか、後ろからアカネが話しかけてきた。久しぶりに、アカネが話しかけてくれたのが嬉しかった。しかし、僕は
「別に」と、素っ気無い返事をした。
「氷川さんと付き合うようになってから、あまり<黄泉なさい>に顔を出してないでしょう?冷華さん、会いたがってるよ」
アカネにそう言われて、僕は気付いた。たしかに、喜与味と付き合い始めてから、<黄泉なさい>に足を運ぶ頻度が少なくなっていた。

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