カイカイカイ…

霜月 秋旻

深い森

いくら歩いても、森を抜け出せない。同じ道を何度も通っているような気がする。まるで何かの呪いでもかけられているようだ。昨日、アカネと帰ったときは何も問題は無かった。いともたやすく森を抜け出せた。しかし今日は違う。頭がおかしくなりそうだった。
いったん店に戻ったほうがいいのかもしれない。そう思い、僕は後ろを振り返った。すると、いつのまにか僕の後ろに誰かが立っていた。それをスマートフォンのライトで照らすと、思わず僕は悲鳴をあげた。化け物のように見えた。しかしよく見ると、その立っていた人物に、僕は見覚えがある。老婆だ。昨日、ブックカフェにいた老婆。たしか末永弱音といった。
「どうしたんだい?何をそんなに怖がっているんだい?少年」
その末永という老婆は、ゆっくりとした口調で僕に話しかけてきた。
「べ、別に怖がってはいないです。それよりお婆さんこそ何をしてるんですか?」
暗闇の中に老婆がひとり、知らぬ間に自分の背後に立っていたら、誰だって驚くだろう。そう言いたかったが、動揺するのもなんか格好悪いと思い、僕は冷静さを装った。
「怖がっているだろう。おぬしの顔を見ればよくわかる。嘘をつかなくてもいい。人間、本音で語り合うべきじゃぞ、少年。そういう小さな嘘が積み重ねられて、人と人との間に壁が出来てしまうものなのじゃ。自分を偽るな」
僕の質問は無視されたようだ。さらに末永は続けた。
「気になるか?わしがここで何をしているか、気になるか?少年」
別に、と僕は答えた。するとまたしても老婆の説教が始まった。
「自分を偽るなと言っただろう少年。この嘘つきめ。おぬしの顔をみればわかる。わしにさびしい思いをさせるな。おぬしはわしに興味があるのだろう。わしがここで何をしているのか、知りたいのだろう。なぜ素直にそう言わないのじゃ?最近の小僧はそうやってすぐに格好つけたがる!自分の本心を隠したがる!この卑怯者めが!」
説教好きな老婆なのだろう。僕はそう思い、その老婆を無視して立ち去ろうとした。すると老婆は僕の肩を掴んできた。
「待て!逃げる気か貴様!こんな老いぼれを一人置いて、逃げる気か!この卑怯者!帰さんぞ小僧。貴様はしばらく、この森からは一歩も出さん。この<キヅキの森>からは!」
「…キヅキの森?」
末永の口から出た言葉に、僕は思わず反応してしまった。それをみて末永は頬にシワをよせて笑った。
「ほう。どうやら興味があるようじゃな。聞きたいか?わしの話を聞きたいか?」
聞きたいと答えると、この末永が調子に乗るだろう。それが嫌だった。かといって、別に聞きたくないと答えると、またしても説教が始まるだろう。どちらも嫌だったが、どうせならと思い、僕は答えた。
「…聞きたい」
敗北感のようなものを感じたが、僕は素直にそう答えた。

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