カイカイカイ…

霜月 秋旻

破壊衝動

『部屋の入り口のドアと窓にはそれぞれ内側から鍵がかかっていたのに、どうやってその男はあたしの部屋に入ってきたのか。あたしがベッドに横になろうと、電気のスイッチを切ろうとした瞬間、いつのまにかその男はいた。あたしの部屋には、人が隠れられそうなスペースも無い。なのにその男は、物音もたてずにいつのまにかあたしの部屋に立っていた。黒いサングラスに、葬式にでも行くような黒い礼服、そして巨大なハンマー。見るからに怪しい男。もちろん驚いた。いきなり自分の部屋に、どこの誰ともしれない怪しい男が立っていれば誰だって驚くし、悲鳴を上げて逃げ出してもおかしくない。でもあたしは逃げなかった。本を読み終えて眠かったこともあるけど、何よりその男の持っていた巨大なハンマーに目を奪われた。いや、心を奪われたと言い換えてもいいかもしれない。そのハンマーを見つめていると、妙な感覚があった。あたしの心の奥から、何かがこみあげてきそうな、妙な感覚。
すると黒服の男はそっと、その巨大なハンマーをあたしに手渡した。あたしには重くて持てそうもないようなその巨大なハンマーは、持ってみると全然重くなかった。子供が遊ぶような、ただハンマーの形をしているだけの、中に空気を入れて膨らませたようなおもちゃ。しかし触れると木のような感触。木槌だった。重さの無い木槌。不思議なハンマーだ。重さが無いので簡単に振り回せる。それはハンマーとしての本来の役割を担っていない、ただのおもちゃだった。
しかし次の瞬間、その思い込みは完全に覆された。そのおもちゃのような軽いハンマーで、ベッドの上に置いてあるスマートフォンを叩く真似事をしようとしたときだ。振り下ろしたハンマーに、いきなりものすごい重量感が生じた。そしてハンマーはスマートフォンに直撃し、スマートフォンは原型を留めぬほどに、粉々になった。
何が起こったのか、あたしはわけがわからなかった。本当にスマートフォンを壊すつもりなどなかった。重さの無いおもちゃのハンマーで、壊す真似事をしただけ。なのに、本当にスマートフォンを壊してしまった。あたしが驚愕する様をみて、黒服の男は突然笑い出した。
「いま、そのハンマーが重くなったのは、君自身が望んだことだ。ハンマーを重くしたのは、君の中にある破壊衝動だ。そのスマートフォンを壊したいと思う君の心が、そのハンマーの本来の力を発揮させたのだ。」
黒服の男は初めて口を開いた。そしてあたしが持っているハンマーは、再び軽くなった。』

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