俺が女の子にされた理由(ワケ)

コタツ

9話そして彼女は決意して

 気がつけば大勢居た生徒の数も少なくなって昼休みも残り数十分となっていた。 
 熊谷さんはといえば席に座ってから一言も話さず遠い何か、そう初めてあったあの日の最後に見た表情にそっくりで。 俺はといえばただぼんやりと熊谷さんの側に付いていた。

「中森さん……助けてくれてありがと」

「ううん、俺は別に何もしてないよ。 それに熊谷さんの事情も知らずに食堂に誘ってごめん」

 そうだ、元後いえば俺が熊谷さんを誘わなかったらこんな事態にはならなかった。 誰も得しないこんな空気に。

「それは違います。 だって私、嬉しかったんです。 友達と学食ってずっと憧れてて……でもそれ以前に私がもっと自分の問題に目を向けるべきでした……」

「告白の返事、咄嗟に出たように見えたけどどうするの?」

 俺が聞くと熊谷さんは弱音を唸らせ頭を抱える。 やっぱり考えてなかったんだな……。

「そんなに悩むことなの? 熊谷さんならこれまで何回も言われてそうだし」

「全然ですよ! 私なんて……良いところ一つもないです。 可愛くないし、一緒に居ても楽しくなんてない」

 まぁ熊谷さんの性格上後ろめたくなる気持ちも分かるが、実際俺もそっちの人間だしな。 
 ただ熊谷さんで可愛くないならまずほとんどの女子から可愛いという単語を抜き取らなきゃなんなくなるよ。

「熊谷さんはもっと自信持った方が良いよ。 みんな熊谷さんの良いところを知って惚れてるんだと思うし」

「中森さんはお付き合いとか経験ありますか? 良ければ参考にさせてください」

「お付き合い!? ないない! それに俺は今恋愛なんてしてる場合じゃないしね」

 そう、あくまで俺の目標は男に戻れる方法を探ること。 まぁ、男に戻る前に熊谷さんの悩みは解決しておきたいな。

「勢いで三日後って言ってしまって、郷田君に何て言ったら……」

「熊谷さんは返事をどうしたいの?」

「私はまだお付き合いは誰とも考えてないんです。 恋というものがなにか分からないんです」

「ならその気持ちをそのまま伝えたら良いと思うよ」

「でもそれだと郷田君を傷つけるんじゃないかって。 せっかく私を選んでくれたのに申し訳ないんです」

 熊谷さんは本当に優しい子だと思う、きっと多くの男子はそんな彼女に惚れたんだ。 滲み出る愛嬌が熊谷さんの良いところでそれを本人が理解してないから更に可愛く写ってしまう。
 確かに好意を向けられて断ることには勇気がいる好意だ、俺自身それで何度も相手を泣かしてしまったのだからその都度申し訳ない。
 でも言ってあげなきゃお互い前に進めない、それに関して熊谷さんが申し訳ないと思うのは自分を守るための詭弁だ。

「これは俺の知り合いの話なんだけど……」

「え?」

「その子はねある日告白されたんだ。 同級生でとてもクラスでも人気があって、自分じゃ釣り合わないと思うぐらい可愛い女の子。 でまその子はね断ったんだ。 そしたら女の子泣いちゃってさ」

「やっぱり。 私、郷田君の悲しい顔は見たくないです」

 そうこれは俺の知り合いの俺の話。
 中学の卒業式での話。 当時も人と付き合うことなんて全くないと思っていた俺はその場で断った。 憂鬱だ、断った相手の辛そうな表情が、作り笑いを浮かべて『だよね!ごめんね!』って謝られた時とか、人の好意を断ることに胸が押しつぶされそうな感覚に襲われた。
 そんな時に一度だけ相手を泣かしてしまったんだ。 

「でも、彼女は何て言ったと思う? 『ありがとう』って言ったんだ」

「ありがとうですか……?」

 そう、その一言で俺は救われた。

「誤魔化したって、無理にOKしたってどっちにしろしんどいんだ。 大切なのは相手の気持ちにしっかり応えてあげることだよ」

 俺が救われたかのように熊谷さんがその人と面と向かって言えば絶対に理解してくれるはずだ。

「分かりました! 私、しっかり郷田君に伝えます。 それが私が見せれる郷田君に対しての誠意ですから……」

「熊谷さんの気持ちなら向こうも理解してくれるよ、大丈夫」

 熊谷さんはどこか落ち着いた様子で俺の方を見る。 
 その表情は先程の悲壮感は感じさせずどこか囚われから解放されたかのよう清々しさが見える。 これなら安心だろう。

「中森さん! 最後のワガママ聞いてくれますか?」

「ワガママ?」

「私の側で見ていてくれませんか? 中森さんが近くで見てくれてるとどこか安心出来そうなんです」

「分かった! 最後まで付き合うよ」

 そんなことか、なら俺も乗っかった船だし最後まで見届ける義務があると二つ返事で頷いた。

「でも、言う時は熊谷さん一人だよ? 俺は隠れて見守ってるからそれが条件ね?」

「はい、それで充分です。 ありがとうございます!」

 喜色満面の表情を浮かべて熊谷さんが微笑み、それにつられて俺の頬も緩む。
 そんな中で予鈴のチャイムがなり、二人で席を立つ。 
 昼食のオボンを食堂に下げ、学食を後にした。

「戻りましょうか?」

 前を歩く熊谷さんの背中はどこか力が抜けて大きく見えた。


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